社主の独り言(和風味)

敬天新聞9月号

▼関東の右翼民族派で日本青年社、大行社といえば、単一組織としては別格扱いの組織力を持つが、時代と共に大きく様変わりを模索している。
 特に青年社は任侠右翼と言われた創設期に比べたら本格的に政治右翼として脱皮を始めているし、大行社とて優秀な若手を前面に出して積極的に勉強会を開いている。しかし、余り大き過ぎると意思統一が難しい。大は小を飲むという利点もあるが所詮、組織というのは人の集まりであるから、トップの器量にも依るが束ねるという意味では程々の方がよかったりもする。
 私が好きな団体の一つに松魂塾というのがある。私がこの業界に入る前から名前だけは知っていた。企業を始め多くの人が一目も二目も置いている存在だ。その理由が当初解らなかった。勿論、実績や実力では申し分ない物がある。徹底した攻めや狙った的を外さない厳しさも持っている。もう一つ特別大きな財産を持っている事を知った。それは徹底して黒子になれる事だ。
 人は誰でも主役になりたがる。手柄は自分の物にしたがる。いや、他人の手柄まで自分の物として吹聴する者も多い。知ってる事を言わない、言ってはいけない事を言わない、というのは簡単なようで実は非常に難しい。
 口が固いという事は信用に繋がる。そして他人からの頼まれ事を持ち出しになっても片付けようとする真剣さがあるから、増々、信用が付くのである。自分の頭のハエが追えない、と言いながら一切の義理事は欠かさない几帳面さを併せ持つ直塾長は男の鏡と言っていいだろう。
 決して自分が解決して終わった事を口にしない。自慢しないから依頼者は安心出来るのだ。与党になれる必須条件だろう。持って生まれた資質もあろうが、発展途上で野党専門の私にとっては学ぶ事だらけだ。

▼救急車で搬送された患者のたらい回しがよくニュースになる。メディアの口ぶりは受け入れる病院側の我が侭や勝手な都合を強調する場合が多い。だが現実は大分違うらしい。知人の医者の話によると、救急車をタクシー代わりに使う者や、全く緊急を要さない病で使う者が多いのも事実らしい。
 また夜間当直をしていると、歯が痛いと言って夜間診療に来る者もいれば、昼間忙しいからと言って診療に来る者もいると言うから、この国の道徳の崩壊がこんな所にも現れている。
 救急患者が入院出来ない大きな理由として、いつでも退院可能な高齢者がなかなか退院しない、というのもあるらしい。本人が退院しないというのもあるが、家族が引き取りに来ない、というのも多いらしい。病院が姥捨て山になっているのだ。
 確かに重い病気を患った老人や惚けた老人を看護するのは大変であるが、自分達を育ててくれた親である。親のお陰でこの世に存在し、一人前に成長するまでずっと衣食住の面倒を見て貰って今日がある。その恩を忘れて、一緒にいる事を負担に思い、他人任せにする事は、昔の日本にはなかった。
 村の長がリーダーシップを発揮し、家族は一族郎党でまとまり、全てを家族間の責任として誰かが面倒見てきた。自分達の責任範囲を他人に任せる、押し付けると言うのは恥以外の何者でもない、という自覚と責任があった。それがいつの間にか老人を邪魔者扱いにするようになった。大変なのはわかる。しかし、その大変な事を先人は続け守って来た。
 今、避けようとしている、逃げようとしている当事者もいずれ必ず通る道である。元気なうちは分らない。若いうちは気付かない。どんなに説明しても理解できない。その当事者にならないと分らないように神様が作っているのだ。だから賢い先人は意味が分らない子供でもいつかは理解できるようにと、慣習、風習という形で伝統として、長く残して来たのだろう。
 それらの日本伝統が今、音を立てて崩れている。耳障りのいい、口当たりのいい、合理的というアメリカ流魔法で全てが崩壊の危機に陥っているのだ。合理的という言葉の中には素晴らしいものもある。特にアメリカ人はイエス、ノーをハッキリ言える国民である。だから合理主義も似合う。罰則規定も重くハッキリしている。
 それに比べて日本人は配慮のある国民である。常識のない救急車を使う者に対しても、退院できるのに退院しない者に対しても、救急車を使うな、退院しろ、とハッキリNOと言えない。言えば弱者を苛めていると言われてしまうのだ。
 それは国民全体に、島国として外国と常に争いをしてきたという実績がない、防衛という観念が非常に弱いからだろう。実質的に隣国というのがないから、ボケーッと育ってきたのだ。繋がっている隣国の争いという経験がないから外交戦略も弱いのだろう。
 玉虫色、グレーゾーン、軟着陸、検討、ウヤムヤ、行間、建前、そんな結着を求める習慣が日本にはある。白、黒で結着する習慣が主流である外国から見れば、やはり日本の常識は世界の非常識となってしまうのである。

▼日本のよき伝統文化の中に「口の固さ」があった。この話は墓場まで持って行く、という奴である。勿論、関係者は知っている。だが事件化しようとする時、自分が本当の話をする事で自分の主人(親分)に迷惑が掛かる、御家の一大事になる、という事で頑として口を割らない。その罪の全てを背負い制裁を一身に受ける。究極は死を選ぶ事である。
 大きい、小さいに関わらず主従関係、或いは友情関係の中に、その絆の固さがあり、約束事の重みがあった。例えば警察に逮捕された時、仲間がいると思われるのに一切仲間の事を喋らない。その事で自分の立場が不利になる(反省の色がない等)事が分っていても、口を割らない。
 こういう時、落とそうとする刑事は、その時は落とせなかった悔しさで怒るが、後々誰かにその話をする時、「アイツは本当に口が固い」と敵ながら天晴れと言わんばかりの語り口をするのである。勿論、自分の罪で本心を喋らない人間を誰も誉めない。これは単なる「嘘つき」であるから勘違いしてはいけない。
 軽薄さが持て囃されるタレント界の中に少し爽やかさがあるダイゴ君という若者がいるが、竹下登元総理の孫らしい。この竹下元総理の秘書で青木伊平という秘書がいた。総理の不正事件で検察に呼び出されていたが、真相を語らず自殺した。
 死を持って償った事で当局も事件を終わらせたのだ。事件の重大性によっては、その死を飛び越える事もあろうが、「全て私がやりました」と言われて、しかも死を持って臨まれたら、それ以上、前へ進めないのが、武士の情けである。
 それで無念の一語に尽きるのが、田中角栄元総理の「ハチの一刺し」事件である。秘書榎本の元妻の証言であるが、男は寝物語に自慢話をしたりする。天敵のいない所で動物が腹を見せて寝るのと同じである。それを公の場で喋られたら堪らない。
 あの時榎本は「全部私が使い込みました」で押し通すべきだった。勿論、それだけでは通らない多くの証拠を当局も持っていたかも知れない。それでもいいのだ。その上で、通らなければ青木伊平氏と同じ道を歩むべきだった。何故なら自分の妻から出火した火なのだから、何があっても自分の手で消すべきだっただろう。私はこの女性を責める気はない。恐らく自分の主人か、主人の主人に対する不満があったのだろうから。
 主従の関係、親子の関係、夫婦の関係、友の関係、全ての関係において、その間の契りが薄れ、自己中心の考え方が根付いて来た。犠牲、協調、忠義、そういう大切にされてきた物が色んな形で崩れている。

▼久し振りに高校時代の恩師に電話をした。盆休みの帰省中に会う約束をして、その時に何人かクラスの仲間に声を掛けた。先生の実家は由緒ある神社という事もあって伝統や文化に詳しく、しかも専門が古典という事もあって、私よりも遥かに右側に立つ考え方の持ち主で、しかも感覚が古いからいつも当紙を見て「甘い」と叱られるのである。
 十七、八歳の少年に古典は難しく中々理解出来ない。当時は興味もなかったので尚更である。ところが今回、高校の時教えたと言われたが、どう聴いても初めて聴く話のような気がしたが、手に取るように理解出来たのが不思議だった。兎に角、日本の古典に関して何を尋ねても答えられる。専門職とはこういう人を言うのだろう。
 六十歳で定年となった後も顧われて教壇に残り、古希を超えてやっと開放されたそうだ。しかし今でも若い宮司さん達の勉強会に講師として指導にあたられ、又各所で講演に招かれ日本の伝統文化について講義をされている。分り易く楽しい話である。戦争悲劇の語り部もよかろう。だが日本昔話に出てくるような徳を積む話も語り継がれなければならない。先生の話には日本人の徳がある。
 アメリカが唯一恐れた日本人の大家族制度、一族の誇り。反省も否定も時には必要である。しかしそればかり続けたら、それは後退でしかない。いい物はいい、という語りは必要である。その語りを日本の隅々で続けている人達がいるということは大事なことだ。
 そんな中で驚いた話。漢字の中に男偏の文字は三つしかないそうだ。舅、嬲る(なぶる)、甥。ところが女偏は九〇〇文字以上あるというからビックリ。その位、女性というのは複雑怪奇で得体が知れないという事か。
 この時教えられた漢字で妣という文字は亡くなった母を意味するそうである。私は今まで文章では「亡き母は」と書いていたが、本当は「妣は」の一語で表現できるのだ。でも多分「妣(はは)は」と書いても日本国民の七割、八割は漢字を読めないし、意味も分らないような気がするのだが。それにしても古希を過ぎて尚矍鑠(かくしゃく)として、教え子を正しく叱る先生は偉い。

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