社主の独り言(中華風)

(敬天新聞10月号)

▼六年ぶりに留置所見学に行ったら、大分様変わりしていた。今は点呼の時も留置人(被疑者、容疑者)達は正座をしない(私は当然したが)。また「就寝ッー」という号令や「起床ッー」という号令はなく、ただ電気が一部消えたり点いたりするだけである。

 担当官が敬語を使い、留置人が普通に喋ったりする。留置人も名前を呼ばず番号で呼ぶ。また九月一日より調書の取り方も大幅に変わり、何時から何時まで取り調べた、とか途中何分間接見に行ったとか全て細かく書面に記録するのである。警察が踏み字等を強要して話題になった、鹿児島志布志事件のような間違いを二度と起さないように、一段と人権擁護の立場から犯罪者にも配慮が進んでいるようだ。冤罪や行き過ぎた取り調べ、懲罰は以ての外だが、勾留者に対しての多少の規律規制はあって当然と思うのだが如何か。

 余りの配慮は犯罪の抑止にならないし、それでなくとも暮れになるとホームレスの乞食が食と住を求めて、志願して大挙押しかけてくる、というような現実もあると耳にするし、この様な時には警察と逮捕者とは同等であってはいけないのではないか。もう一つ感じたのは、勾留者同士の意識についてだが、昔は泥棒や痴漢のような、いわゆる破廉恥罪で捕まった者はブタ箱の中でも恥かしくて小さくなっていたものだが、今は犯罪の平等というのか、担当官も(心の中は分らないが表向き)差別しないし、馬鹿にしないから、当の本人達も余り羞恥心を持っていない。特に若者にこの傾向が見られる。

 同房に朝鮮族中国人がいたので、「君はどちらの国の人間としての意識が強いのか」と尋ねたら、今は朝鮮人としての意識が強いそうだが、このままだと中国人になってしまいそうだ、という。理由は少数民族(五十五民族)に対して差別をしないからだそうだ(チベットやモンゴルは少数民族ではない)。それは逆にいつの間にか同化されてしまうのではないか、という危機意識が芽生えるらしい。逆に差別されると、いつか独立したい見返してやるという気持ちを強くし、民族同士の団結心が強くなるのだそうだ。少数民族の全てを合わせても全中国人の一%以下だそうで、九十九%は漢族なのだそうだ。

 少数民族の一つ、朝鮮族の人達は中国で一切差別されないから、逆に中国に同化されてしまう事を恐れているそうだ。北朝鮮の国民は国境の朝鮮族と結構行ったり来たりが自由で、今では北朝鮮の国民も世界の情勢を詳しく知ってるそうだ。

 中国では我々が思っているより資本主義が進んでおり、国内も自由に行き来出来るそうである。しかし本籍を勝手に変える事が出来ないそうで、都会に働きに行くのに通行証のような許可証が要るのだそうだ。それと資本主義の国と大きく違うのは、土地等が個人の所有権ではなくあくまでも使用権という形で売買されるそうである。この話の主は好青年ではあったが、不法滞在で一度捕まり、再度、他人のパスポートで入国し、今回パチンコ景品の偽物交換の詐欺の手先として捕まった訳だから多少割り引いて話を聞く必要もあるが、祖国愛が強いところは日本の青年も学んで欲しいね。

 今回の勾留で一番のショックは調べ官が全て自分より年下だったこと。同じく勾留者が殆ど年下だったこと。同房者に「オヤジさん」と呼ばれたので「俺は幾つに見えるかね?」って尋ねたら「六十位ですか」と答えられたこと。まだ若いと勘違いしてたけど、もうそれなりの歳になったんだなぁー、と秋の夕日のつるべ落としを見る思いのほろ苦い十日間の教訓であった。

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