掛川市の失政

 古くは東海道の宿場町として栄えた、文化と歴史の街、静岡県掛川市。現在は「東海の名城」として讃えられた掛川城天守閣に莫大な予算を注ぎ復元するなどし、観光地としての自治体造りを進めるごく有り触れた地方都市の1つである。
 この、御当地文化と歴史に便乗し、良く出来た贋物の城(建設費は本物並?)を舞台に、観光客を誘致する手法には些か疑問もあるが、今回は別件での自治体運営の不備に斬り込んでみたい。

 掛川市ではここ数年、新たに建設を予定しているゴミ焼却場の問題で揺れている。それと言うのも、現在掛川市が使用している焼却施設が、来年の3月をもって稼動協定の期間満了を迎えるからだ。
 しかも、この施設とて既に5年間の使用延長がされているにも関わらず、現状では新焼却施設の建設完了を待つ間、更なる施設使用の再延長を余儀なくされているのが実状である。この点だけをとっても、掛川市の行政手腕には未熟さが見て取れるというものだ。

 ゴミ焼却施設は、墓地や火葬場等と並ぶ所謂『迷惑施設』の1つである。その土地で生活をする住民にとっては、必要不可欠な施設である事は頭では解かっていても、出来れば自分の地区からは外れて欲しいと願うのが大方の本音である。
 其れでも、現有のゴミ焼却施設を受け入れてくれた同市千羽区の住民は、正に自己犠牲の精神を有する掛川市民の鑑とも言うべき存在である。故に、施設使用の期限を設けた市と住民側との稼動協定は、何よりも優先すべき約束事でなければいけなかった筈だ。
 にも拘らず、重要な使用期限の決め事を反故にし、今後も同地区住民に更なる負担を課すに至っては、完全な“失政”といって過言ではない。

 又、掛川市の計画性の無い行政運営は、焼却施設の過度な稼動を引き起こしただけに留まらず、千羽地区住民にとっては新たな危険を被る事にも成りかねないのだ。昨今、全国各地で問題となっている、稼動を停止した焼却炉の解体に伴う残有ダイオキシンの飛散問題が其れである。
 焼却施設の多くは、その性能や規模に関係なく初期計画以上の使用を行なった場合、人体に悪影響を及ぼすダイオキシン等の有害物質が検出されるといった事例がある。その為に、老朽化した焼却炉を含む施設解体には単なる取壊しとは違い莫大な費用が掛かることになる。又、解体したにしろ土壌汚染が発覚すれば、現状回復までには更なる出費と合わせ、数年の期間を要することもあるのだ。
 焼却施設の建設には国や県からの補助制度が有っても、解体に関しては個々の全額負担である。其れゆえに、予算が付かずに解体待ちの焼却炉が野晒しになることも多々有るのだ。

 千羽地区にある現有炉が当初の稼動期間を大幅に延長していることで、これらの危険性が高まっていることは確かである。地区住民は、市の失政の尻拭いをさせられる上に、将来に渡る危険さえも被るというならば、自己犠牲というより単なるお人好しである。
 再三の稼動延長を行なっても安全な操業を確保出来るのか、また、焼却炉解体時の公害対策が万全なのかを、市側の要請を受け続けるばかりではなく、住民は今一度明確な説明を市に対し要求するべきである。

 

 選定のカラクリ

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 しかし、市民と交わした守るべき義務を蔑ろにする掛川市は、迷惑をかけた住民のことなど眼中には無いようで、頭の中は既に次期建設予定の焼却施設でいっぱいのようだ。
 何しろ建設だけでも約80億円にもなる大事業である。新施設完成までの単なる繋ぎでしかない現有炉のことなど考えている暇はないといった態度だ。

 其れでも「迷惑をかけている千羽区住民の為にも、一刻も早い建設を」と、掛川市職員で構成する『廃棄物行政検討委員会』の鼻息だけは荒かった。
 ところが、これも単なる建前であったことが同委員会の作業状況からも伺い知れる。何故なら、平成12年11月17日の時点で、ゴミ焼却施設の核ともいうべき『プラントメーカー』12社の選定を終えていたのだ。

 同委員会に於ける最重要課題は、一刻も早い新焼却施設の建設であるのだが、環境政策に沿った低公害の焼却炉の導入も、又1つの課題でもあった。
 選定に乗った12社は、同委員会が導入を決めた次世代型処理方式を開発し、既に実機を稼動させている選りすぐりのメーカーである。と成れば、後は競争入札によって受注メーカーを決定し速やかに着工するだけである。それによって、千羽区住民に無理強いした稼動延期期間も大幅に短縮されることになり、同委員会に課せられた課題も概ね完了する筈だったのだ。

 しかし、同委員会はこの速やかな着工とは全く違う行動をとった。何と、工事着工が遅れることも厭わずに、選定した12社のメーカーを更に絞り込む作業に着手したのだ。
 だが、この作業は実績の有るメーカーを単純にピックアップするだけとは訳が違う。しかも同委員会は、委員長の鈴木忠臣収入役以下、全て市幹部職員で組織されている。言わば、素人集団が最先端の技術力を評価するといった、理解に苦しむ行動といってもよい。

 通常ならば、この手の作業部会には専門家を招集するのが常識だ。掛川市はこの件について「専門家といわれる先生方には企業のヒモ付きである場合が多い。下手すると特定の企業を押し付けられ、公明正大な判断が出来なくなる可能性がある」と、組織編成の意味を主張した。聞けば尤もらしい意とも取れるが、だからといって作業を遅らす理由には成らない。

 同委員会の職員らは、的確な評価を下せる能力を身に付けるために、全国14カ所にも及ぶ施設の視察を繰り返したというが、果たして完璧な判断を下せたかは甚だ疑問だ。結果的には当初選定した12社を1年掛けて五社に絞り込んだのだが、素人判断で落とされた企業にしてみれば、遣り切れない思いだったに違いない。
 そもそも、多くの時間と税金からなる費用を掛けてまで職員にプラントの専門家に成って欲しいと願う掛川市民は、1人とていないはずである。掛川市がこの方針を今後も貫くのであれば、民間企業に発注する業務の全てに担当職員は精通しなければならない事になる。行政が携わる業務にはその質に格差があってはならないからだ。無論、これを実践するのは不可能である。故に「民間に出来ることは民間に」が、現在の行政の在り方なのだ。

 
 内定は予定通り
「余は悲しい…」掛川を憂える山内一豊
 では何故、外部の意見を遮断してまで掛川市は独立独歩を突き進んだのか。
前段で『専門家には企業のヒモ付きが多い』と同市の見解を記したが、市役所の内部にこそ『ヒモ付き』が存在するとの話もあるのだ。しかも、その人物が同案件で最終的な価格交渉の責任者であった、当時助役だった福田喬治というから興味深い。この話が本当であれば、これ迄の掛川市の不可解な行動にも説明が付いてしまう。
 福田助役(当時)は委員会が12社を選定した時から株式会社タクマに固執していたとの事だ。もし、委員会に外部の専門家を招集していれば、タクマを推す意見が通り難くなっただろう。だが、幹部職員のみの組織ならば回りは全員部下であり、其れこそ以心伝心で自分の意を汲み上げてもらうのも難しい事でない。

 又、競争入札を回避した理由も「談合の危険性」「市民への説明責任を果たすため」などと御託を並べることで周辺を納得させた訳だが、これも仲間内の強固な結束があったから可能だったとも言える。
 つまり、外部に邪魔されることなく順調?な間引きを行ない5社にまで減った候補メーカーを、最終意志決定機関(市三役と幹部職員)の庁議に於いてタクマと神戸製鋼が残った所で、既に選定作業は終わっていたということか。
 最後のアテ馬にされた神戸製鋼は悲惨であるが、仕上げは福田助役の仕事であり、予定通りタクマが受注内定を受けることになったのだ。

 自己の利を求めるが為だけに、余計な時間と税金を垂れ流しながら市民を欺いたとすれば、福田喬治の罪は重い。中には、ボンクラ息子の借金返済の為に退任間近に博打を打たざるを得なかったとの同情にも聞こえる噂も囁かれているが、真相は定かでない。
但し、掛川市の今回の動きだけはどれを取っても不可解であったことは確かである。
 戦国の時代、掛川城の城主だった山内一豊は“内助の功”のその妻と共に名を馳せた人物である。平成の時代に置き換えれば、城主は市長であり妻は助役とも言えるだろう。
 今後は恥さらしの醜聞で掛川も有名になるかもね。

 
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