反小泉のフラッグシップ古賀誠氏が「日本遺族会」の会長という立場で、小泉首相の靖国神社参拝に関し「遺族会の悲願で、ありがたいが、並行して英霊が静かに休まることが大事だ。近隣諸国に配慮し、理解してもらうことが必要だ」というようなコメントを出した。このことには大きな疑問を感じざるを得ない。

 以前より言っているように、中国や韓国が自国の思惑に基づき外交カードの一つとして「靖国参拝問題」を持ち出している今、日本国内の政治家、野党に留まることなく与党の政治家達までもが、このタイミングで小泉首相の靖国参拝問題を言及することは、日本の国際的立場を危うくする。即ち国益に反する行為であることは、誰の目にも一目瞭然である。

 靖国参拝問題に関し、国内でも賛否両論あることは致し方ないことである。しかし、他国が、他国の国益にのっとった思惑で、外交カードに「靖国問題」を利用している尻馬に乗る日本の政治家達の神経を疑う。

 古賀誠氏、亀井静香氏等を始めとする、これらの反小泉与党議員達の執拗な責めを見ていると、その理由が国益にあるのではなく、彼らの、私利私欲、私的感情、私憤に基づく政争にあることは火を見るよりも明らかである。彼らの政争を優先し、国益を損なうような執拗な言動は、国賊と非難されても反論する余地はないほどの行為である。

 メディアでも、多くのジャーナリスト達が「個人の気持で靖国参拝を優先し、国際世論を無視する小泉首相の感覚を疑う」というような浅はかなコメントをする人々が多い。しかし、その理論こそおかしい。

 それでは、自分達の思惑で外交カードとして「靖国問題」を使っている中国や韓国の感情を自国日本人の感情よりも優先しろというのか?中国や韓国の感情を逆撫でするなと言うが、彼らの感情を逆撫でしないということは、彼らの主張を受け入れるということで、日本が妥協するということである。それで良いというのか?非常に大きな疑問を感じる。

 靖国に参拝するということは、国内の問題であり、如何なる理由があろうとも他国に干渉される事柄ではない。にもかかわらず、日本のメディアも、反小泉派の政治家達も、まるで日本が妥協して中国や韓国の言うことを聞きなさい、と言っているようにさえ聞こえる。

 しかし、そんな反小泉の人間を問い詰めてみると、舌の根も乾かぬうちに「そうではない」と言うのである。それどころか「国益を優先するべきで、中国や韓国の主張を鵜呑みにする必要はない」とヌケヌケとおっしゃるのだ。それではどうしろというのだ。

 答えは簡単である。彼ら反小泉の政治家達にとっては、「靖国参拝問題」は名目で、小泉首相を引き摺り下ろしたい、それだけなのである。結局のところ、恨み辛みだけなのだ。その恨み辛みが、彼らによると国益より優先されてしまうのである。このことこそ、恐ろしいことだ。

 また、古舘伊知郎をはじめとするテレビでコメントをする人々はもっと勉強をして、事象の本質を検証してから言葉を吐いて頂きたい。テレビの影響力というのは絶大なのである。他に情報源のない国民にはテレビや新聞からの情報が最も大きな影響を与える。そういう意味では、情報操作することさえ可能なメディアなのである。それだけにその責任も重大なのだ。だからこそ、放送で発する言葉は慎重であるべきであり、研究や検証を怠ることなく行った上での発言にして頂きたい。下手をすれば国益に反するなどと呑気なことを言っていられない状況にさえ陥りかねない。国民がメディアの報道を鵜呑みにして、政府の足を引っ張るようなことになれば、それこそ大変なことだ。

 東シナ海の海底油田の問題にしても、靖国の問題で妥協するということは、他の問題でも妥協しなければならない弱い立場に日本がなってしまうということである。

 考えてみて頂きたい。喧嘩をしていて、相手の主張を認め、こちらに非がなくとも非を認めてしまえば、それはこちらの弱みになってしまい、貸しを作ってしまうことになる。貸しを作ってしまうということは、別件で強く出られても妥協しなければならないことになる。そこのところが中国や韓国の狙いなのである。

 言葉は悪いが、国際関係での交渉というのは、ある意味喧嘩のようなものである。如何なる手段を使っても、自分達の思惑通り事を運び、自国の国益を守る。これが、外交交渉の基本である。喧嘩というのは、案外目の前の大物には気を配るが、脇からの小物による攻撃によって致命傷を負うということが往々にしてある。昔、力道山というプロレスラーがいた。最後は、若い侠客にナイフで刺されて死んだ。あれだけの大物レスラーでさえ、油断大敵なのである。

 こういう意味合いからしても、自己主張の非常に強い中国や韓国は、その辺の喧嘩のテクニックを、間違いなく日本よりも持っている。役者が一枚も二枚も上手である。故に、日本は妥協してはいけないのだ。

 日本が、戦後60年、どれだけ戦争を反省し、言動で示してきたかは、中国や韓国をはじめとする当事国以外の国々は良く知っている。また、靖国神社に参拝するから再び日本が軍国主義の道を歩み戦争をする、という考え方自体がナンセンスである。戦争の悲惨さは、日本人がこの地球上で一番知っているのだ。何故ならば、日本は地球上で唯一の被爆国ではないか。そのことは等閑にして、大手メディアも政治家達もよく「平和を優先するべきだ」とかなんとかと分ったようなことを言えるものだ。彼らこそ、「平和憲法」の意味も理解せず、国外へ向けての「平和憲法」の意味をも主張さえしない舌先三寸の売国奴としか言いようがない。

 あるコメンテーターが、「中国は戦後の賠償問題を放棄したのだから」と言っていたが、それでは、日本が中国に今までしてきた多額のODAは何だというのだ?事実上の賠償と同じことである。利息も取っていないではないか。しかし、日本側は、一度たりとも恩着せがましいことを言ったことはない。中国は、この多額の日本からのお金で急成長できたのではないか。にもかかわらず、中国政府はそのことを、自国の国民に積極的に知らしめてさえいない。それどころかODAのことは伏せておいて、何かというと「戦争責任」「靖国参拝」と言って難癖をつけてくる。その難癖に屈しろという日本のメディアやジャーナリスト、そして、反小泉の政治家達の思考回路はどうなっているのか、教えてほしいものである。愛国心というのはないのか?家族を思い、その延長線上に社会があり、そして、そのまた延長線上に国家があるのではないか。即ち、国益を守るということは、家族を守るということに繋がるのである。

 今の彼らの論理では、空き巣に入られても、昔喧嘩をして怪我を負わせたから目を瞑るしかない、と言っているのと同じだ。そしてこの論理からすると、いつまでたっても、昔怪我を負わせたから、家の物を盗まれても仕方がない、と言うことになってしまう。だから、中国は憚ることなく、東シナ海で海底油田を搾取しているのではないか。非常に共産主義的な発想である。所有者階級が労働者階級から、労働力を搾取しているのと同じである。戦争を起こした日本は、いつまで経っても労働者階級で、戦争被害者の中国は、いつまで経っても所有者階級であるということか。

 中国の強い言動は、日本国内に、中国に見方をする力があることを知っていての言動なのである。誰が味方かって?それは日本の大手メディアであり、反体制勢力である。

 中国をはじめとする日本以外の国々では、古今東西を問わずプロパガンダ戦略を多かれ少なかれ行っている。アメリカなどは、その最たるものである。ところが日本はというと、他国のプロパガンダ報道に踊らされ、直ぐに尻馬に乗ってしまう逆プロパガンダとでもいう有様だ。ある意味、プロパガンダ戦略の効果が最も有効に出る国が日本である。情けないことで、誇れることではない。

 日本のメディアは、他国のプロパガンダ報道に反論するのではなく、直ぐ尻馬に乗り自国の足を引っ張るようなことばかりを報道する。その上、財界人も政治家達も直ぐその尻馬に乗ってしまう。何故ならば、現代の日本に於いては、国益よりも企業益が優先されているからである。非常に恥ずべきことである。

 今現在、中国や韓国絡みで起きている問題は、色々な思惑が重なりあってのことである。

 その第一番目は、やはり中国の東シナ海での海洋資源問題で優位に立ちたい、ということが大きいのであろう。しかしその反面、中国国内での反政府的な動きに対するスケープゴートとして日本を利用しているという思惑もあるように思える。資本主義の味をしめれば、共産主義を維持することが難しくなることは、火を見るより明らかである。甘い蜜の味を知った人々や贅沢を知った人々が、後戻り出来ないのは人間の性である。

 また、宗教的問題や民族的問題で独立を望んでいる地域も中国国内には多くある。結局のところ、人口は多いが貧富の差は大きく、そんな状況下で人々が共産主義に大きな疑問を持ち出すことは当然の成り行きである。このことは、アメリカの思惑通りである。いずれ、中国の共産主義は、中国国内から自然に崩壊するであろう。

 それでは、日本に於いて交錯する思惑とは何であろうか?その第一が、前述しているが、反小泉勢力の私利私欲と私的感情に基づく怨念による政争である。そして第二は、日本の大手企業による圧力である。

 大手企業による圧力とは何か?大手企業は、アメリカが興味を示しているように、中国の13億人という人口に興味があるのだ。13億人のマーケットは非常に興味を惹くどころか、等閑にはできない巨大マーケットである。そのために、日本の財界は、中国の機嫌を損ねたくないのだ。中国政府も、その辺の日本の財界の思惑をよく理解している。故に、先日来日した呉儀副首相は、小泉首相との会談はキャンセルしたが、財界人との会談は実行して帰国した。あれは、日本の財界に対し、暗黙の脅しを入れて帰ったのである。

 中国政府の日本の財界に対しての脅しはもう一つある。それは、先日の暴動の際、日本のレストランや企業が真っ先にターゲットになったことだ。彼らは、二段構えで日本財界に揺さぶりをかけたのである。揺さぶりを掛けられた財界にとって、中国の機嫌を損ねる小泉首相は目の上のタンコブなのだ。それだけではない、その日本財界に君臨する大手企業がスポンサーを務め、多くの広告を出している大手メディアも、結局間接的に中国の言いなり状態ということである。

 最後の思惑とは、こういうことだ。

 現在、財界やマスコミ界で前線隊長的な立場にある世代は、俗に団塊の世代という人々である。彼らは、戦後生まれで、日本の苦しい時代も高度経済成長時代も、経済大国となった裕福な時代も経験している。高級品であったバナナを手にすることを目標に頑張ってきたが、そのバナナは最も手に入り易い安価な商品になってしまった。一事が万事、迷走する世代なのである。

 そして、その団塊の世代は、学生運動に明け暮れ、反体制で生きてきた世代なのである。常に政府にタテをつき、反対することを生甲斐に生きてきた世代なのだ。しかし、世の中は平和になり経済大国となってしまった日本で、彼らは目標を失った。彼らに残されたことは、反対するという精神だけになってしまった。勿論、この世代の人々全てがそうではない。ただ、学生運動を経験し、体制批判を生甲斐にしてきた人々が他の世代に比べるとずっと多かったということだ。

 そして、そのような団塊の世代が、今日本の世の中の中心にいる。彼らは、嘗て社会主義や共産主義を標榜し、果たせぬ夢として拠り所とした。そういう人達が、現在のマスコミの中心にも多くいる。そして、マスコミをリードしている。

 このような要因により、現代のマスメディアは自然と体制批判的であり、中国寄りの報道をすることになるのである。まあ、全てがそうであるとは言い切れないが、その傾向が強いことだけは間違いない。

 右寄りだろうが左寄りだろうが、それはそれぞれの勝手であるから構わない。しかし、国を思う心、即ち「愛国心」だけは失わないでほしいものだ。そして、間違っても、国益に反する報道だけはしないで頂きたい。

 政治家の先生方にしてもやはり国益を第一優先に言葉を発して頂きたい。今、このタイミングで、このような言葉を発したら、日本の国にとってどのような影響があるかどうか、ということを常に念頭に置いて、言葉を発してもらいたいものだ。どんなに恨み辛みがあったとしても、そのような私的感情に基づく言動によって、国益を損するようなことだけは避けて頂きたい。

 国益に反する行為を行うこと自体、政治家としての資質に問題がある。それどころか、政治家失格と言っても決して過言ではない。何故ならば、政治家というものは、日本の国民と国の為に選ばれた人々である。その選ばれし人々が国益に反することをするのでは国が国として成り立たない。世界中の笑いものである。反小泉を旗印に見境ない言動を繰り返す政治家の先生方こそ、肝に銘じて頂きたい。

 そして本当に「遺族会」全体が、古賀誠氏がおっしゃるような意見でまとまっているのであるならば、そのような証をお示し頂きたい。さもなければ、日本の国の為に尊い命を奉げられた英霊の魂までをも政争に利用し、冒涜することになるのではないでしょうか。日本人の一人として、大きな疑問と憤りを感じざるを得ません。

平成17年6月11日

政財界倶楽部代表・「WEB政財界」主幹 恩田将葉


※古賀誠氏は6月13日、「発言は私見であった」と非を認めた。結局「英霊」と「遺族会」を、私憤を晴らすべく利用していたということだ。その罪は重い。読者の皆様は、如何お考えか?

恩田将葉

 
トップページその他の記事一覧
©2005 敬天新聞社
info@keiten.net