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警備会社に献金を強要? | ||
当紙先月号で報じた戸田市会議員=福田延之の疑惑の数々は、大好評だった。 |
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町民には謝礼を強要? | ||
さて、続いての投書は複数の市民から寄せられた投書で、しかも長文となるので、便宜上要約させていただく。(投書の原文とは一部表現が異なる事を予め御了承願いたい) ◇ 下前町会館が建っている底地は、同町の永井忠次氏(=元市会議員)の土地。しかし何時までも永井氏から土地を借りていたのでは相続が生じた時にも困るし、永井氏だって「この土地は誰にも譲らん」と豪語している位だから、また新たに土地を見つけて購入し、新しく建て替える事になると大変だ、という事で永井氏に何とか土地を売却してもらう事で町会の意見が一致。平成3年7月17日の戸田市土地開発公社の理事会で、件の土地(396.82平米)を、3,255万9,000円で買い取ることで議決。 その当時開発公社監事役であった福田市議が、植松己代三=公社理事長(当時)に進言して買い取らせた。 ところが件の土地は昭和20年代後半、永井氏から一旦下前町に売却されており、しかも永井氏はその代金を受け取っているが、土地登記の名義変更をしなかったせいで永井氏の名義のままとなり、永井氏は二重に土地代金を手に入れる事となった。当時の詳細を知る長老達も居たには居たが、何せ戦後の混乱期の話であり、物的証拠も何一つ残っていなかった為、誰も表立っては異議を唱えなかった。 それに対するせめてものお礼と言うべきか、永井氏は平成3年当時に坪あたり100万円は超えていた件の土地を、3分の1以下の坪=約27万円で売却し、更に同町会に100万円を寄付した。 一方、当時の町会長を務めていた門倉進氏は、「何はともあれ丸く収まったのも、ひとえに福田先生のお陰」と、福田市議の自宅に菓子折りと共に現金10万円を持参したが、福田市議はとても不満げに「こんなモンじゃあないだろう!」(つまり足りないという意味)と言いながら受け取ったとの事。 それで満足しなかったのか、福田市議は永井氏まで呼びつけて「相場はテンパーセントだろう」と暗に謝礼を要求したそうだが、200万円で何とか勘弁してもらった、と永井氏が町会の役員達に話していた。 ――以上が投書の主な内容である。 先ず、現段階でハッキリとしている事は、 @ 下前町会館の土地が永井氏の土地であった事 A その土地を平成3年に戸田市土地開発公社が購入した事(土地面積、価格、共に前記の数字で間違い無い模様) B 福田市議が町会長の門倉氏から最低でも10万円の謝礼を受け取った事 ――以上の3点である。 現段階では、永井氏が件の土地を昭和20年代後半に一度売却したという事実を証言する人は居ても、残念ながら物的証拠は無い。 しかし、前記Bの内容については、福田氏に直接現金を渡した門倉進氏本人の口から「渡した」という事を当紙取材班は聞いているのだ。 |
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市議会にこんな人必要? | ||
実際には当時町会長だった門倉氏、同副会長だった田部井氏、同町会の安部氏(=現・町会長)の3名で福田氏の自宅を訪れたが、福田氏が不在であった為、奥さんに菓子折りと現金を渡した、と言うのである。 また、投書には「永井氏を呼びつけて謝礼を要求した」とあるが、この点も門倉氏に言わせると、 「2人の間に現金のやり取りがあったかどうかについては当事者しか知り得ない事で、私には分からないけど、少なくとも永井氏(元市議)は年齢から言っても福田市議の大先輩。『呼びつける』なんてあり得ないし、ましてや『相場はテンパーセントだ』などと言える立場にはないと思う」 ――との事であった。 しかし一方では、当紙の取材に対してこう答える人もいる。 「亡くなった福田市議の父親は土建屋として地元ではかなり名が通っていました。川を利用して木材の運搬を行なうなどして財を成し、それなりの力(権力)を持っていた事は事実ですよ。その親の七光りで、若くして市議会に殴り込みを掛けたのが今の福田市議だから、あんまり先輩とか年齢なんて気にしない人だと思いますよ」 ――ん〜〜、後者のほうが説得力があるような… ところで永井氏は現在82歳と聞いているが、痴呆症で市内の病院に入院中という。当紙取材班としても今回は話が古すぎて、取材は混迷を極めそうだ。 ともかく、前記Bの内容=福田市議が謝礼を受け取った事=は、渡した側の証言もあるので間違い無い。 折しも国会では『あっせん利得罪処罰法』が審議され、巷では政治家の利権絡みのスキャンダルを厳しく糾す世論という名の嵐が吹き荒れているが、福田延之市議には、台風に対する備えすら、その念頭にはなさそうだ。 |
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