先月号での朝堂院氏の記事は反響を呼んだ。国府氏のいう諫言の意味が色々な人達を巻き込んで迷惑をかけたようだ。各業界の諸先輩、諸先生から叱咤や助言を頂いた。
  誰でも自分が一番正しいと思っている。自分の側から相手を見てしまう。原告と被告の言い分はどこまで行っても相入れない部分がある。一度争いが起きればどちら側から見ても100%の納得、100%の解決はあり得ない。誰でも正義は我にある、と思っている。しかしよくよく考えれば、それは自惚れかもしれない。特に今回のように、コップの中の争いで他人に迷惑をかけるのはよくない。長引けばお互いに傷口は大きくなろう。

 不思議なもので第三者的立場で物を見る時、状況がよく見え判断もしっかりしているのに、当事者になった途端物が見えなくなる。自分の言い分ばかりが正義に思えてくるのである。全体的に物が見えなくなるのだろう。

 今回は我々にも勇み足があった。朝堂院氏と国府氏と私だけの問題だと解釈していたら、知らない所で3人につながる多くの人達にも迷惑をかけたらしい。紙上ではあるが深くお詫びしたい。堅気とはいえ朝堂院氏が男を売って生きてるのは事実だし、国府氏も私もまた同じである。男が男を売れなくなったら選ぶ道はただ一つ?廃業?である。

「争い事に満足のいく結末はない」という言葉を借りれば、今回の一件は「三方一両損」という形で締めくくりたい。
 日本有数の大学の幹部職員でありながら汚い野崎の甘言にふり回された今回のコップの中の争いであったが、敵は野崎であることを再確認して朝堂院氏と和解することにしたい。

中国に留学している日本人の大学生が学園祭に裸踊りをして退学処分になる、というニュースが流れた。中国の学生も侮辱だと大騒ぎになったらしい。こんな恥さらしな奴は10年ぐらい刑務所に入れた方がいい。
 30年前まで日本人にこんな馬鹿はいなかった。体育会系のクラブでは先輩に命令されて無理矢理裸にならなければならなかった時代もあったが、それは一部での出来事で隠れた行為であって、国中にこんな馬鹿共が氾濫するようになったのはいつ頃からだろうか。 男女平等を謳い、女性の地位向上と共に性風俗の乱れが顕著になったのではないか。

 今回の中国での事件は男子学生が起こした騒ぎだったが、若い女性の性風俗の乱れは、それどころではない。もうとっくにアメリカのヒッピーを越えているのではないか。
 ためらいもなく人前で裸になったり、迷いもなく風俗店で働き、金さえ貰えば誰とでも寝るのである。親はいったいこの娘達にどんなしつけをしたんだろう。
 親を含めて恥というものを全く知らないのである。怒らない親が理解のある親であり、子供には子供の人生があるから好きなように生きらせるのがいい親、と勘違いしたアメリカかぶれのバカ親が急増している。

 中学生、高校生の子供が売春していたり、ビデオや雑誌で裸になっていても何も注意できないのである。こんなバカ親は死ね!と言いたい。
 30を過ぎた女が売春していても自分の判断でするのだからそれは良かろう。弱い女の最終的な武器だから理解もできる。アジアの地域でよく見られる、家族を養う為に、というのとは全く別の形態である。彼女達は売春はもちろん、水商売で働くことさえ恥ずかしいと考え、友人、知人にさえ隠そうとする。
 日本人の若者の生態は、犬、猫、豚の部類である。これらを欲しがる大人、追いかける大人にも問題があるが、何を勘違いしたのか最近は「青春を取り戻したい」と50代、60代で裸になるクソババァーまで出没し始めた。真に汚い。

 時代の流れもあるから、この際ソープランドを正式に認め、18歳未満の売春を厳しく取り締まる(例えばお互いに懲役10年にするとか)と共に公然猥褻物陳列罪(これも同じく10年にする)を厳しく処罰するなどしなかったら、どこまで乱れて行くのか見当がつかない。
 やっぱりこういう問題は石原都知事にお願いするしかないね。裸になることを芸術とおだてられて、恥もなく穴の中まで見せるバカ娘とバカ親共を本当に豚のエサにしてしまいたい、と思う今日この頃である。

ある親分が、現在「謹慎中」である。東京の名門中の名門と言われる組織の最高顧問の職にある氏は、当代のトラブルによる「監督不行き届き」という立場での「謹慎」という。
 寝耳に水の出来事だったらしいが「トップが下した命令には従うのが、組織に籍を置く者の責任。これも天の運命」と一切の外出を控え、事務所で若い者と寝起きを共にし、実行されているのである。大組織の執行部の立場でもある氏は罰則を受けることもまた組員の範でなければならない、との考えであろう。

 ヤクザの罰則には軽い方から謹慎、破門、絶縁というのがある。他団体との交遊、交渉、縁組等一切禁止の追放となる破門や絶縁に比べれば、謹慎は普段の行動を慎めといういわゆる外出禁止である。外出禁止とは言っても命令を出した人が始終見張っている訳ではないので、ちょっとぐらい手を抜いてもわからないのでは、と思いそうだが、人間性というのか氏は「筋目折目を忘れたヤクザはやっていけない」とひたすらに謹慎中である。

 組織の強弱は、こういう厳しいルールを守れる人がどれだけいるかに掛かっていると言っても過言ではない。強い組織の基本は反逆は許さない、という厳しい締め付けである。一時的には一世を風靡することもあるグレン隊が存続しないのは、厳しい掟のない、遊び仲間の域を出ないからだ、と言われる所以である。
 韓国ではヤクザはカンペイと呼ばれ、レベルも低く民衆にも人気がない。マフィアと呼ばれる組織もとても市民権を得ているとは思えない。しかし日本のヤクザは今でこそ暴力団と言う呼び方をするが、元来は強きをくじき弱きを助ける、義侠の徒であり、その伝統は今も受け継がれ、雄の持つ闘争本能と厳しい修行を乗り越えた者達だけが生き残れる究極の道であることには変わりない。

 だからこそ、男の何処かにヤクザに対する憧れがあり、日本では確かに認められた存在なのである。抗争に命を賭ける姿は日本人に最も人気のある「忠臣蔵」を連想させる。10年、20年の懲役を恐れず迷わず走る。常人には考えられない世界である。それもこれも普段からの氏のような心掛けと鍛錬こそが成しえる業であろう。

当紙で今、日大の野崎常務理事の疑惑を糾弾しているが、何かと頭が痛い。日大教職員には友人、知人も沢山いるし、妻倉学部長が総長選に立候補以来、総長選となると何かと狩り出され侃侃諤諤と動いてきたのである。前総長の瀬在良男氏との線もあった事から当然のように現瀬在総長支持で動いてきた。

 ところが時代の流れとはままならぬもので、今はそのスタッフの1人を当紙が叩いている。野崎常務の言動を見ていると、とても彼だけの判断とは思えない。1つの組織でトップの了解なしにあれだけ自由に疑惑を作り上げる事は不可能だろう。
 担当記者はしっかりと取材をしている。信念を持って書いている記事に水も差せまい。最近は連日、文部省へも出掛けているらしいが、最終的には私が責任を取らざるを得ないだろう。当分は頭の痛い日が続きそうである。

その昔、新宿歌舞伎町の職安通りに十数団体の右翼が事務所を出していたそうで、通称「右翼通り」と呼ばれていた時代があったそうだ。今はすっかりコーリャンタウンに変貌してしまっている。

 そんな一角に東方青年連盟の事務所がある。この度の10周年記念には、棚本氏の創立と退任を祝うという意味もあって1,000名を越える人達が集ってくれた。一般の人に混じって右翼界、任侠界からも多数御祝いに掛けつけて頂いたので、ホテル側の駐車場が手狭だったせいもあり、御来場者の皆様には大変御迷惑をおかけしました。
 また大久保から歌舞伎町にかけても、通常なら車で5分のところを1時間以上もかかるという交通渋滞を引きおこしてしまい、海洋ホテルはもとより御近所の皆様や御指導下さった新宿署の皆様には重ねて御詫び申し上げます。

 
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