特に夫婦に対するあり方は理想の一語に尽きるだろう。夫婦生活45年間、一度も喧嘩をした事がないというし、朝起きて寝るまでの間、掃除をしてる姿を見ては「大変だね」と労わり、ご飯を用意してくれると「有難う」と感謝の言葉を述べて、洗濯をしていると「ご苦労さん」と優しい言葉をかける。そして奥さんと結婚したことを「人生最大の宝物」と言って憚らない。これだけの愛情と感謝を妻に表現できる日本人はまずいない。 我々凡人は、男が軽々しく女房に感謝の言葉など出すものではない、腹の中に収めておくものだ、生涯別れの時にたった一度「ありがとう」と言ってこそ言葉(男)の重みがある、と教えられてきた(勝手に思い込んできた)節がある。 一応、妻に対する感謝の気持ちはあるのだが、なかなか素直に言葉に出ず、むしろ「今日のおかずは不味いなァ」と逆の言葉が出てしまう。そして妻が「不味いなら食べなきゃいいでしょう」と言って口喧嘩が始まり、「子供の頭が悪いのはお前のせいだ」「アンタの稼ぎが悪いからよ」と普段の胸の内の吐露なのか、全く関係ない方向へ発展していく。 この際亭主の立場を擁護しておくと、亭主の「今日のおかずは不味いなァ」と言う裏には、「お前の作る料理は毎日とっても美味しいよ。たまたま今日だけ、ちょっと俺の口に合わないなァ」という意味が含まれているのである。と言っても、森田氏みたいに言葉や態度に出して表現しないと古女房だってわからないわな。 森田氏までとはいかなくとも、愛情表現の上手な今どきの若者にご教授願って、大いに反省が必要な、1日3回喧嘩する凡人の話でした。 本当は男は誰でも森田氏のようになりたい、と思っているのだが2日しか続かないのである。 |
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商業第一主義が横行すれば、こんな事故は当たり前で、この事故がきっかけや警鐘となり法律ができる。暫くは業界や世間も自粛するが、何ヶ月かするとまた何事も無かったように世の中は動く。 私は、世の母親に言いたい。就学前の子供を外に連れて歩く時、もっと責任を持って外出して欲しい。小さな子供は見る物すべてが新鮮で興味がある。前後見境無く行動する。善悪もわからなければ安全、危険、常識、非常識(これは大人にも多いが)、迷惑等がわからない。当然である。就学する前の子供達に色んなことを教えるのが親の役目である。一歩外に出たら常に目が、いや手が届く範囲の中で見守ってあげるべきである。 今回はたまたま回転ドアだったが、遊びに夢中で階上から落っこちたりエスカレーターに挟まれたり等、危険性は何処にでもある。その全てを相手側の責任で終わらせるのもどうだろうか。 子供連れで葬儀に参列して子供が泣いたり騒いだりしても、レストランで子供が走り回って騒いでいても注意もしない親をよく見かける。普段狭い部屋に住んでるから、たまに広いレストランに来て、ストレス発散を、それも料金の内、ぐらいに考えているのだろうか。周りは堪ったもんじゃない。本当に飯が不味くなる。 親が子供にもっと責任を持って、手の届く範囲の外出を心掛ければ、過去の事故についても防げた事故は相当な数になったろう。 それにしても今回の森ビルはちょっとひど過ぎた。たった1年間で32件も事故があったにも拘らずそれをひた隠し、改善策も講じなかった、というのだから、厳しい処分と制裁を受けても仕方なかろう。 |
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▼先月、新橋街宣の帰り、高速道路で当社の街宣車が横転事故を起こした。首都高五号線の護国寺の附近だった。 安全速度で走行車線を走っていた街宣車に、それまで右側追越車線を走っていたトラックが突然左車線に入ってきたため、それを避けようとして側壁に激突、車は横転したのである。排ガス規制に従って、1ヶ月前に買い換えたばかりの車が一瞬にしてパーである。 犯人の運送屋らしきジュラルミン箱型トラックは暗闇に紛れて一目散に逃走したらしいが、当社の売りである「派手でしつこい」追跡の手にかかれば、高速道路の上で目撃者もいるし、Nシステム(ナンバー自動読取システム)もあるし、近いうちに必ず見つかるであろう。 2名の社員も負傷したことだし、せめて元ぐらい取らないと。 死人が出ないと警察の動きは鈍いからな〜。俺を追いかける時の警察は気合いが入ってるけど、このぐらいの犯人じゃ気合いが入らないか。国家司法員といえども獲物によってやる気があったり無かったり、というのは当たり前だわな、同じ感情を持つ人間だもの。 | ||
▼北海道警察の元幹部が裏金づくりを告発した。勇気ある告発として一部で取り上げられているが、確かに勇気ある告発だろう。しかしこんなことは日本中の警察署で、いやあらゆる役所で行なわれているだろう。検察庁や裁判所でさえ間違いなく行なわれている。 これらを全部やめろと言っても、これは無理な話である。金を扱う者が聖人君子であれば欲得煩悩を捨て去ることができようが、哀しいかな、立派な指導者も上司も凡人である。公人と私人の区別をどこで線引きするのかもわからない。 地位が上がれば不祝儀も増えるだろうし、しかも金額も平地位の時と一緒という訳にもいかないだろう。 「公」の立場で偉くなったからこそ、お呼びがかかるようになるのである。そんな時誰でも「私」のお金を使いたくないと思うのは凡人の当たり前の発想である。 たった3万か4万の裏金を作るのに苦労させて、可哀想じゃないか。その地位や規模に応じて「機密費」をあげたらいい。部下との交流や世間との繋がりにも「潤滑油」は必要である。 問題は潤滑油の許容範囲である。幾らが妥当かはわからないが、裏金づくりの為に割く時間と能力とパワーを犯人逮捕に注げば、どれだけ効果が上がるかわからない。どうせ隠れて金を使い込んでいる訳だから、それをみんな表に出させて認めてあげればいい。必要だからこそ裏金にしてでも捻出するのだろうから、それをみんな認めてあげればいい。そして一度表に出した上で、常識の中の許容範囲内であるかないかを精査した上で、今後は各役所の規模や地位と照らし合わせた「機密費」を支給すればいい。 中にはとんでもないビッグな裏金を作っている所もあろうから、機密費に切り換えた方が安全で、しかも安くつく可能性大である。 | ||
原告側は「総理大臣が特定の宗教に肩入れするような行動を取ったせいで精神的苦痛を受けたから、慰謝料を支払え」といって訴えを起こしたのだ。普通の人なら思いつかないような、他人の揚げ足を取ってまわる、ほんの僅かな集団が起こした訴訟で、判決は「損害賠償の必要はない」、すなわち「棄却」で国の勝訴の判決である。 その中で、いや、その後で裁判官の主観(判決の主文ではなく傍論部分)として、言わなくてもいいことを、いや、言いたかったのだろう、原告側に乗せられてその裁判官が言っただけである。 別に驚くに値しない。 日本中に何百という裁判官がいれば、共産党みたいな裁判官もいれば、創価学会みたいな裁判官もいるだろう。中には素性や育ちは良くないが、たまたま頭が良かっただけ、というひねくれ根性の裁判官がいるかもしれない。 まァ、もう言ってしまったのだから仕方がない。問題はマスコミである。鬼の首でも取ったように判決の主文(原告敗訴)はそこそこに、「憲法違反」ばかりを強調して国民を煽ろうとする。困ったもんだ。 一国の総理大臣であろうが、そこらへんのおじさんであろうが、1人の日本人として、日本国の為に戦って死んでいった英霊に対して、礼を尽くして御参りすることのどこが憲法違反にあたるのか。このアンポンタンめ! |
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この尖閣諸島が日本国固有の領土であることを、政府がはっきり宣言しないものだから、政治団体日本青年社が25年前自前で魚釣島に灯台を建て、守ってきた。その灯台をこのバカ者どもが壊して行ったのである。 以前石原都知事が、この灯台を正規なものとして海図に記載しようと当時の運輸省に働きかけたが、外務省から「時期尚早」と横槍が入って断念した経緯があった。一体、何が時期尚早なのか。「自国の領土」に「自国の民」が「自国の民から寄せられた寄付金」で建てた灯台を海図に載せる行為の何処に、他国の目を憚る必要があるのか。 外務大臣は「尖閣諸島が我が国固有の領土である」ことを中国政府に対して説く前に、先ず自らの属する機関(外務省職員)に常識を叩き込むべきだ。 己の足並みすら揃えられない状態で、尖閣諸島のみならず沖縄まで自国の領土だと言い張る欲深い国と、どうして互角に外交交渉できようか。 |
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