創刊三十周年特別企画 社主・白倉康夫「創刊の辞」

(敬天新聞令和8年8月号 1面)




30年以上前に始めた新橋街頭演説会

はじめに

 弊紙は、本年十一月をもって創刊三十周年を迎える。これもひとえに、長年にわたりご支援、ご愛読くださった読者の皆様のご厚情の賜物であり、社員一同、心より御礼申し上げます。

この節目にあたり、本号では特別企画として、平成八年十一月発行の創刊号に掲載された社主・白倉康夫の「創刊の辞」を再掲載する。

三十年前、社主は「国賊は討て」の旗印のもと、不正や不条理を正し、国益と国民の権益を守ることを使命として本紙を創刊した。その理念は、社会情勢が大きく変化した今日においても、本紙の編集方針の根幹として受け継がれている。

創刊当時の思いを改めて振り返るとともに、本紙の原点を読者の皆様に知っていただきたいとの願いを込め、創刊号掲載の「創刊の辞」を原文のまま掲載する。

本紙は、これからも創刊の精神を忘れることなく、信念を貫きながら社会の諸問題に真摯に向き合い、国益と国民の権益を守るための活動に努めていく所存である。



毎日演歌を流して街中を走る街宣車は銀座でも話題となった



創刊の辞

 晩秋というより師走をもう間近に控えたこの時期に、あわただしく敬天新聞の創刊と相成った。何の準備もないまま、いきなりの創刊であるから手探りのスタートで何とも心細い。

しかし推敲(すいこう)の苦手な私にとっては、思いたったが吉日の即実行しかないのである。ジャーナリズムの世界では全く素人の私がどれだけ本音で事実を書けるか未知数であるが、少なくとも大企業に媚びを売ったり、権力に屈したりすることだけはしないと心に誓っている。

今、日本はあまりにも豊かになったせいか、日本人として大切なものをいくつも失っている。親孝行、勤労精神、節約、忠義、礼儀、倫理、文武両道、これらのどの言葉も、つい三十年前頃までは当たり前のように実践されていたこと―なのだが、今では懐かしい響きさえすら死語に近くなっているのである。

聖戦と信じて戦った大東亜戦争に敗れ、屈辱と廃墟の中から立ち上がり、たった五十年で世界に冠たる経済大国になった。戦争を経験した人の誰が今日の世を予想しただろうか。正しくハーバード大学エズラボーゲル教授の言う「ジャパン・アズ・ナンバーワン」になったのである。この驚くべき復興の原動力こそ、今の日本人が忘れかけてる精神文化の数々であり、集約すれば大和魂なのである。

欧米人の体力に比べれば確かに日本人の体力は非力である。その日本人が全てにおいて互角かそれ以上に戦えるのは独自の文化・伝統・歴史のなかで培ってきた強い精神力、すなわち大和魂があったからだと私は思っている。我々は日本人なのだ。欧米人から学ぶことも沢山ある。しかし日本の文化・伝統・歴史を否定してまで学ぶ必要はない。

欧米にはフェアープレイを意味する騎士道精神があるが日本にはこれを遥かに凌駕する生死を賭けた武士道精神があるではないか。

今この国の乱れ方はひどい。政治家が政治屋に成り下がっている間に、先生が生徒をポルノビデオに出演させ、医者は死ぬことがわかってる薬を患者に売り、銀行員は客から預かったお金をネコババし、弁護士は依頼者の財産を乗っ取り、宗教に名を借りた金儲けが横行し、最後の聖職と言われた警察官が警察庁長官を撃つ時代になったのである。

子どもの躾や青少年の教育を言う前にまず社会の秩序を直さなくては何の意味も持たないだろう。経済復興の陰にはアメリカの援助も多々あっただろうが個人主義の悪い部分も同時に輸入してしまったのである。

自由・平等を強調するあまり、学校の規則を守らない子供達が当り前になって酒やタバコを通り越して麻薬にまで手を出す者までいるのである。特に女子中・高生の乱れ方はひどく、これらを叱れない親も甚だ情けない。殴ってはいけない、叱ってはいけない、いい所だけを誉めて長所を伸ばしてやる、というのが今の教育らしいがとんでもない。

勉強が出来ないからとか運動が下手とかいう理由で叱ることはよくないだろうが、悪い事をしたときは殴るべきだ。あまやかすことと躾けることとは別なのだ。

いい父親に思われたいという、子供に媚びを売る親が多くなっているらしいが、躾は親の義務だ。これを放棄するなら親になる資格はない。

オヤジ狩りと称する労務者への襲撃、援助交際という名の売春であるとか最近は善悪の基準がズレてきているのだ。日教組教育の歪みがここにも現れているのである。やはり道徳を見直すべきだ。教育勅語も復活させるべきだろう。

   (二面に続く)



新橋駅前SL広場の聴衆(当時)



(2面に続く)




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