二月十一日(月)の建国記念日の午後一時より国士舘後援会発会式が行われる品川プリンスホテルに朝青龍が来る事になった、と野木先生から連絡が入った。しかも来賓として座っているだけでなく挨拶もするそうだ。建国記念日の旧名は紀元節というが私が国士舘の学生時代、この記念式典の日には杖を刀剣銃に見立てて行進をしたものである。朝礼台の上に立たれた館長先生の前を通過する時、先頭の組長の「奉げー!!杖ッ」の命令で、それまで右手から肩にかけて持っていた、杖を両手で正面に正体して半分持ち上げた状態に持ち換え、頭(顔)だけ九〇度、館長先生に向けるのである。
今これを日本の若い人にやれといっても、時代錯誤と一蹴されてしまうだろう。今でもやっている所といえば、自衛隊と警察学校くらいか。基本的には強制されないとこういうことはやらない。自由の国アメリカでさえやっている所はある。義務と権利の関係というのか、攻めると守るの関係というのか、ハードとソフト、柔と剛、優しさと強さというような相反する物がセットで機能しないといずれかだけが成長しても世の中は上手く行かない。どこの国にも紀元はある。どこの組織にも設立日はあり、建学の精神もある。時代と共に変らなければならないものもあるだろう。或いは変ってはいけないものもあるかもしれない。
その時々で執行部に選ばれた者達が自分達では最大の能力を発揮して司政を行っているかも知れないが、十人十色の感性がある以上、すべてに満足を与えることはできない。時に能力のない人がトップに立つことがあるかも知れないし、名選手、必ずしも名監督ならず、という時もある。いい時代、悪い時代を繰り返しながら歴史は成り立って行く。だから昔に戻ることが必ずしもいいとは言いきれないが、今がよくないと思う時、人は復古を口にするのである。国士舘後援会の主旨は、こういう時代だからこそ創立者柴田徳次郎先生の建学精神をもう一度見直そう、ということだろうと思う。
執行部に叱咤激励をする意味で主旨は多いに賛同するが、準備不足、説明不足に関係者といわれる人達は多いに途惑うだろう。どうしても建国記念日にダブらせて発会式をスタートさせたかったんだろうけど、見切り発車は否めない。だが、この短期間にこれだけの発起人の了承を貰ったことは大したものだ。問題はこの後だ。継続的に続いていかなければ意味がないし、国士舘後援会と名乗る以上、国士舘本体から認められた存在になっていかねば意味がない。小さくスタートしコツコツと実績を重ね、周囲に認められて評価が上がっていく、というのが本来のあり方だろうが、アドバルーンを打ち上げた後で、認めさせるというのは、本末転倒であり、なかなか難しいものがあるが、あるにはある。中心となって旗揚げしている者達のやる気いかんに掛かることであろうが、私も発起人の一人に顧われて引き受けた以上、その責任はある。しっかり重さを受け止め、国士舘にプラスになるよう助言して行こうと思う。
平成二十年二月九日
白 倉 康 夫