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紀元節のよき日に国士舘後援会が発足された事は結果的には素晴らしかった。発起人に名を連ねられた方々が殆ど出席されていたし、何よりもその意義をしっかり認識されての出席だった事が驚きだった。愛国や道徳を口に出して言うと時代遅れと言われるし、子供を叱ると厳し過ぎると言われる。しかしそんな世の中でいいのか、と思っている人はことのほか多い。 私はたまたま当紙今月号で我侭を叱ったが、横綱朝青龍が時間通り正装して現れたのには驚いた。しかも挨拶で壇上に上がる時、日の丸に向ってキチッと一礼したのだ。物事が見る角度によって違うように人も付き合う相手に拠って変る。朝青龍が日本人が忘れてしまった闘う心を持っているのは疑いようのない事実だ。批判する事は簡単だが、我々が彼に学ぶものも沢山ある。 もう一人、ハッキリと徴兵制が必要と訴えたのはボクシングチャンピオンの渡嘉敷勝男氏だ。バラエティタレントでコメディアン的発言が多かったので、そのようなイメージを想像していたら、どうしてどうしてしっかりと青少年教育には一言持っている人だ。是非、政治家に立候補して貰いたい。 私はもっと小じんまりした後援会の発足式と理解していたが、なかなかの盛会で、会の内容も充実していたし、三百名の参加者では余りに勿体無いスタートではなかったか。事前紹介、説明、宣伝が足りず、「こんないい会だったら、もっと仲間に声を掛ければよかった」との参加者の声が準備不足を物語っていたが、その言葉はまた、会の成功と素晴らしさも語っているのである。行動派野木先生の一人五役ぐらいの独壇場的なスタンスがちょっと心配なところもあったが、会長に就任した川阪氏が「合議制でしっかり意見を出し合い、全国的な組織に育てて行きたい」という言葉を信じて、当紙も微力ながら支援して行きたいと思う。 挨拶に立った殆どの皆さんが言っておられたが、これだけの意義ある会をスタートさせたのだから一過性で終らせないで、是非、継続させ社会に認知され、かつ発言力のある団体に育って欲しいと願う。幹事長が会長以上に目立ち過ぎではあったが、朝青龍関や西部邁先生との写真撮影などのコーナーでの気配りや指導力を見ているとやはり卓越した情熱と実行力を感じるのも事実だ。ただもう次の「モンゴル侍大学」を設立したという言葉が気になったが……。それにしても久しぶりにいい会だった。 二〇〇八年二月十二日 |