敬天新聞11月号 社主の独り言(中辛)

(敬天新聞11月号)


▼現代人は自然に対する「恐れおののく」気持ちを忘れているようだ。現代科学や知恵や知識で自然を凌駕できると勘違いしてるのだろうか。そういう部分も一部あろう。 だが、山が噴火したり、地震が起こったり、津波が発生したりすれば、その破壊力に一溜りもないではないか。

田舎の人が、都会人より自然災害に対して、心の備えは持ってはいるが、現実の防災に関しては、国からの支援が送れているため、被害は多い。

田舎の人は普段の交流では顔見知りのため、戸締りなどは解放的であっても、台風や大雨等では雨戸を閉め、雨靴カッパで身支度するが、都会ではマンションが多いためもあるが、雨戸は先ずない。

雨靴(長靴)という雨に適した靴があるのに、台風の時さえ履こうとしない。雨合羽を着れば、傘を持つより格段に危険性は少ないのに、着ようとしない。

安全のために、子どもに合羽を着せて長靴を履かせようと思うなら、先ず親が率先して実行すべきである。

先住民や土着民、発展途上国民は自然を恐れおののき、自然と共に生きているというような光景を時に目にするが、それらを支配する先進国と言われる国の住民は、法と科学こそ最優先という建前に頼りすぎ、自然に対する尊厳を軽視しているような感じも見受けられる。

地球温暖化など最たるものである。勿論、医学などは進歩することにより、助かる人も沢山出てくるわけだから、一概にマイナス面ばかりを強調するものではない。

たまたま台風が来た時に「大型台風が来るらしいから、今日は雨戸を閉めた方がよい」と知り合いにメールしたら、「大丈夫」と閉めなかった。 また台風だというのに派手なワンピースにハイヒールという出で立ちの女性とも遭遇したので、都会人の自然に対する心構えと恐れおののく気持ちに疑念が生じ、一言申しあげたくなった次第である。

何とか自然と共生する道というものはないだろうかと思った次第である。

「木曽のナ〜中乗りさん、木曽の御岳さんはナンジャラホイ。夏でも寒い、よいよいよい」と親しまれ唄われた、あの御岳さんが怒りの噴火をした。

山に親しみを持ち、景観を味わいに行くのは自由であるが、日本のような火山国では、いつどこででも起こり得る現象であることを忘れてはいけない。

悲しみに暮れてる人もいるので、登山者の話はしないが、このような状況が起きた時、特筆すべきはいつも自衛隊の我が身を省みない奉仕である。

本来は国防がメインの仕事であるにも拘わらず、災害が起これば内外を問わず真っ先に駆けつけ、人命救助に尽力する。本当に頭の下がる思いである。

こんなご苦労の多い自衛隊に対して、暴力装置と表現するバカ議員がいたりする。

お前に、空気が薄くて毒ガスが出ているような山頂に登って愚痴一つ言わずに黙々と人命救助ができるのか、と問いたい。

▼第六十九回国民体育大会長崎大会の開会式が行われて本当によかった。スーパー台風と言われた十九号がその日に真上を通過すると予想され、直前まで開催が危ぶまれた。

もし中止になれば、国体が始まって以来の出来事という珍事で、何よりも開催に向けて一年も前から、天皇皇后両陛下の御前でお見せする演技を練習してきた子供たちの夢が露と消えてしまうのだ。県民は一丸となって、開会式の開催を神に祈って待ったのである。 ところが暴風雨と予想された開会式の日(十月十二日)に、何と見事に陽が差したのである。県民の祈りが通じた一瞬であった。

私も四十五年前の長崎国体で国体の候補強化選手にノミネートされたこともあった。私自身は柔道を学んだが、途中で挫折し半端で終ってしまった。

しかし今でも田舎で学んだ南有馬少年柔道クラブとは交流があり、人生を学んでいる。創立当初からの指導者である溝田良英先生は七十歳でありながら、今でも現役であり、逮捕術では今年の世界選手権で準優勝をされたそうで、長崎国体の柔道の試合では模範演技を披露されるそうである。 我々の年代では練習で投げられることはおろか、回転受身さえ無理である。来年はその南有馬少年柔道部が五十周年を迎えるというのである 盛大に祝ってあげたいものだ。

しかし私の場合、その後の人生において、現実には国体の意義とか実感というものを深く考えたことはなかったので、国体にあまり馴染も関心もなかったが、よくよく考えれば国体というのは日本の民度、文化、経済、健康等ありとあらゆる発展に寄与しているのである。始めはただスポーツの祭典として、スポーツ競技をしている人たちの発表会の場としか考えていなかったが、とんでもない。

県民一丸となって、色んな分野の人たちが参加し盛り上げているのだそうである。開会式を彩るのに、幼稚園の子供から、小学校、中学校は元より、地元婦人会や老人会が参加したり、またボランティアとしても多くの人が参加するのだそうだ。

また主催県を訪れるのは国体に選ばれた選手だけでなく、チームメイト、指導者、役員、その父兄を始めとした家族、応援団と日本全国の四十七都道府県から二万一千人が来県するというから経済効果も相当にあるのだそうだ。

素人目には、精々旅館業ぐらいしか思いつかなかったが、バスやタクシーの交通機関も期間中大忙しとなるのだそうだ。また土産物屋も大繁盛で、長崎国体ではカステラが一番売れたらしい。

やはり国体がこれほど永く続き愛された一番の理由は天皇皇后両陛下のご臨席である。男女総合優勝は天皇杯、女子総合優勝には皇后杯、この栄誉が大きいのである。

これが単に総理大臣杯であったり、県知事杯であったりなら、ここまで、県民が一丸となってボランティア精神を発揮できたかどうかわからない。

ご皇室という形は、日本国民には心の安らぎであり、天皇陛下のご存在は日本国民の一致団結の象徴であるのだ。ちなみに今年の長崎国体の天皇杯は長崎県で、皇后杯は東京都だった。

しばらくは県民の労をねぎらい、いい酒が飲めそうである。

▼私が田舎に帰った時、たまに泊まりに行く風呂がある。原城温泉「真砂」という温泉ホテルである。ホテルではあるが、高齢者の憩いの場と言った方が理解しやすいかもしれない。

元々南有馬町が経営していたが、 今は合併して南島原市が経営している。所謂第三セクターという経営方式である。ここの特徴は何といっても大浴場の醍醐味である。 湯船に浸かって、目の前の有明海と左前方に聳える雲仙岳の海までつながる稜線が、心を癒してくれる。高齢者に優しい施設になっているので、人気が高い。

第三セクターが経営する施設としては全国でも珍しく、創業以来黒字が続いているそうだ。にも拘わらず、来年四月から民間に委託するのだという。

赤字ならわかるが黒字経営でしかも、市民に人気がある施設を何故民間委託する必要があるのか?民主党時代、何でもかんでも払い下げた時代があったが、億もかけて作った施設を何百円で払い下げた物もあった。

国民の税金で後先考えずに箱モノを作り、失敗すれば誰も責任を取らずに払い下げ、その払い下げを専門に買い受け転売し、儲ける業者もいるのである。この真砂で働く人たちは本当にまじめである。

私は朝早くから温泉に入り、原稿を書いては昼寝をして、夕方には友人、知人が訪ねてきて、どこかに出掛ける。帰ってからまた温泉に入る。 みんなが帰った後の大浴場を毎日、丁寧に掃除をしているからこそ、毎日気持ちよくお客さんが入れるのだ。何日か連泊で泊まってみると、裏方さんの仕事がよく見える。こういった手抜きのない仕事が、黒字経営の原資となっているのだろう。こういう所をやたらといじくるべきではない(マンネリ化しないように、刺激を与えるという意味なら理解できる)。 南島原市のように、資源も少なく地理的にも不便で、過疎化が進んでるような地域は、如何に県内の都市部と交流を盛んにするか、或いは大都会に出て行った若者が帰って来るような魅力ある町にするか、そういうことを真剣に討論すべきである。

私の実家辺りの過疎化はひどく、無人の家も多く、町一番の商店街と言われた大江地区も、通りから海が見えるほど、空き地が増えた。人が住まなくなれば、何をやっても成り立たない。

私が卒業した小学校は在学中、六百名だった。今在校生は三十七名でそうである。五十年前ではあるが、この変わりようである。

一応今は市として合併しているから、どうにか体制は維持されようが、十年後には全ての店はなくなり、車の運転ができない高齢者に対しては、生活商品の車出張販売が頼りの生活になってしまうのではないか。

そんな場所での高齢者に支えられ、高齢者に夢を売ってる、楽しみを壊すべきではない、と思った次第である。


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