敬天新聞11月号 社主の独り言(甘辛)

(敬天新聞11月号)


▼権力者に虐められてるとか、山が動かないとか、俺が一人で頑張ったところでとか、悩んでいる方に人生訓を申し上げたい。世の中は敵が半分、味方が半分だと。もっと詳細に言うなら、敵が三十三%、味方が三十三%、どちらにも与しない人が三十四%であると。この%は、その時々の流れで変わる。

権力者に力がある時は、人は勢いに飲まれて、或いは自分から、権力者に擦り寄っていく。その時は、明らかに味方は少なくなる。しかも堂々と味方してくれる人は少ない。居ても隠れ味方的存在なので、戦力と言えるかどうかもわからない。そんな状況でも、ひたすら戦い続けることによって、流れが変わったりするのである。そのために最も必要なものは、本人の覚悟である。

覚悟もなく、権力者に挑んだところで、ひねり潰されるのがオチであろう。覚悟を持てば、相手からは厄介な存在になれる。自然の潮目というものは一定の同じリズムで繰り返す。だから、だいたいの予想はつけられる。

しかし、人生の潮目はわからない。特に自分の事になれば、全く見えなくなるのである。人生の潮目を見えなくしているのは「欲」である。欲さえなければ、大抵の人間関係は上手くいく。

国と国でもそうだし、国内の諸問題も全て、人の欲が摩擦を起こしているのである。しかし、人の欲は際限がなく、大小はあれど、必ず存在する。権力者ほど欲が強いから困るのである。権力とは大抵の場合、金である。金や人事を動かせる地位であったりする。

正確には俺が死んで泣く奴千人、笑う奴千人、どうでもいいのが千人で、他の何億人からすれば、何の影響も興味もない、歴史の屑にも満たない話なのである。しかし、人それぞれにドラマがあり、微妙に繋がっているのである。そしてそれぞれに、核になる人がいて、その人を取り巻きながら物事が進む。

ブームに乗れば、より求心力が強くなり、敵対する者をなぎ倒していく。やがてブームが去ったり、年齢からくる衰えだったり、賞味期限が切れた魅力の衰えであったりして、力が弱まっていく。そうすると、人は冷たいもので、今までの契りが嘘のように、切れ始めるのである。

それは権力者になってみないとわからない悲哀である。だから戦うだけの価値はあるのである。最初から、勝てないと思う必要はない。どれだけ覚悟を持って、永く戦うかである。すぐに諦めるなら、最初から止めたがいい。時間の無駄である。相当強い信念がないと倒せないのも事実である。

なんせ、権力者は金を持っている、或いは金を動かせる立場だから、その金に魂を売る輩はごまんといる。そういう奴らも敵に回さなければならないのだから、並大抵の覚悟では太刀打ちできないのである。だが、必ずいつかは倒せる。覚悟さえ持っていれば。貧しかった時代は、みなそういう闘志を持っていた。

男は男らしく、女は女らしさを持って生きていた。だが、経済的に豊かになっていくと、人間が本来持つ本能を忘れ、金に魂を奪われ、拝金主義に陥ってしまうのである。今の日本が正にそのような時代ではなかろうか。

国防は怠り、外交では守り一辺倒。何処に成熟した資本主義の姿があるのだろうか。

▼都議会自民党がみっともない。小池都知事が就任挨拶に行った時、二人しか出迎えなかったが、二ヶ月後の今は全員で迎える豹変ぶりである。議長に至っては、記念写真も取らないとまで言って、非礼な態度で反小池姿勢を示していたが、今では自分から媚びを売って握手を求めているではないか。

当初は内田茂ドンに従順を示す態度だったのだろう。それがたった二ヶ月で、この豹変である。どうせなら、最後まで意地を通し、討ち死にした方が、まだ評価されただろう。大抵の議員が信念のないコロコロ変わる議員なのである。

これが日本の政治家の実態である。議員というより、利権漁り、利権情報収集が仕事で、それを売って仕事にしている者が多すぎる。そしてそれが仕事だと勘違いしているのである。だから、政治・行政の監視、世の中の関心よりも、自分に与えられた政務活動費の枠を、どう誤魔化して領収書を集めようか、汲々とするのである。

石原慎太郎元知事も国防的には良い発想の持ち主だと思っていたので、週二日しか登庁しないとか言われても、「やることさえやれば、それでよい」と思っていたが、色んなことが捲れてくれば、欲呆けた爺さんにしか見えなくなってきた。

やっぱり引退したら、表舞台に立つべきではない。引退するにはそれなりの理由がある。へまを打つ、賞味期限切れ、病気、老齢等。いずれの引退にしろ、引退した時点で、人の見る目が変わってくる。本人は当分錯覚するだろうが、権力の無くなった人ほど、落差が大きく、受け入れ難いのである。

石原氏の小池氏に対する「大年増の厚化粧」発言は、錯覚の極みであろう。あの言葉は、百万票の上積み(小池氏五十万票増、増田氏五十万票減)になったろうから、石原氏は正に天に唾する言葉になってしまったのである。

もし増田氏が都知事になっていれば、過去の利権問題や豊洲問題は掘り返されなかったろうし、内田茂ドン体制が続いたことだろう。石原元都知事も、公開都庁裁判に引っ張り出されたら、着ぐるみ剥がされ、晩節どころか、人生の全てを汚すことになるのではないか。

一罰百回もあって、小池都知事はやるだろう。それを見たら、内田茂ドンも、ただの茂どん(鹿児島弁)になってしまうだろう。茂どんを核にして闇勢力を形成していた集合体も、霧が晴れるように消えてなくなるのではないか。その代表格が、自ら媚びを売って握手を求めて行った、元議長や現議長たちだろう。

所詮、権力や利権に群れる奴らの正体とはこんなものである。核になる者には、それなりの才能がある。そして周囲からも一定の評価を受けていくものである。見落とせないのは、「時の勢い」である。朝日と夕日、日の出と落日である。

一般の人は、上り切ってもいないのに気付いた時は下り坂、という状態であるが、才覚のある人は、核を成してブームを作ったりするのである。しかしやがて、落日の日は必ず来る。今は小池百合子都知事にに日の出の勢いがあり、石原氏や茂どんに落日の面影がでてきた。

それをいち早く察知し、勝者に擦り寄っていくのが、節操のないコロコロ議員たちなのである。本来なら、核に群れて行動してきた者たちは、潔く責任を取って今期限りで勇退し、次代を担う者たちと交代すべきことこそ人の摂理なのである。

▼私は小池百合子都知事の応援団である。応援団というより、熱狂的なファンになってしまった。国会議員の時の小池氏は、どんな人なのか、その人となりが殆ど見えなかった。多くの議員もそうである。口ばかりが先行して、何をしているのか、何をしたいのかが見えないのである。

結局、集団の中に埋没して、姿が見えないのが実態である。その点、首長は姿が見えやすい。特にマスコミが取り上げる今は、全てが見えててわかり易い。権力者は、闇の中で政治をしたがるが、小池都知事の魅力は何と言っても、「都民ファースト」と「透明化」である。

豊洲問題と並行して、四年後の東京オリンピック問題の無制限な経費導入にレッドカードを突き付けた。当然である。ドサクサに紛れて、頭の軽い鮫脳君を神輿に祭り上げ、政治の力で、金を無制限に引き出そうと考えた伏魔殿に集う輩が、編み出した結果である。

これが舛添都知事であったら、豊洲移転もオリンピック計画も、そのまま実行されていたであろうから、空恐ろしいことであった。猪瀬元都知事は「自分が知事の時は、森喜郎氏が会長になる話は全くなかった」と言っている。

事実、森氏がオリンピック組織委員会の会長になったのは、猪瀬氏が辞任した直後である。となれば、猪瀬氏の五千万受領問題を取り上げた(リークした)人物こそが、森氏を神輿に担ぎ出した人物ではないのか?オリンピック組織委員会は主催者である東京都と日本オリンピック委員会(JOC)で作られたものである。

JOCは直前にヤクザオリンピックと揶揄されたぐらい、幹部に汚れた者が多い。JOCが表に立てば、必ずや個々に俎上に挙げられる者が出て来る。そこで危機管理に卓越した知恵者が、利権と主導権を同時に取る手段として、幾つかのニンジンをぶら下げ、金集めが上手くて軽い森氏を担ぎ出したのであろう。

ところが、舛添氏が予想外の貧乏神に祟られ、討ち死にした。そこで、都議会のドンと手を組んで、無難な増田氏を担ごうとしたが、野党のオウンゴールもあって、「都議会の闇」に光を当てた、小池氏の圧勝となった。

都知事になってからの小池氏の行動がまたまた爽やかで、清々しく、闇勢力を物ともせず、当初の予算の数倍に跳ね上がった問題を取り上げるだけでなく、誘致の理由を「復興オリンピック」と掲げながら、震災県を全く配慮に入れないオリンピックは如何なものかと、男気を出しているのである。

当紙も本部事務所は埼玉県戸田市であるから、ボート会場は是非、彩湖でと思っていたが、震災復興オリンピックと名付けて誘致した以上、被災者を勇気づける、喜んでもらえる大会にするのは当然であろう。基本に返るなら、競技者に不便ではあろうが、宮城県の長沼ボート場に賛成である。少なくとも当初予算の十倍越えを画策し、森氏の関係会社が工事業者に入ってるような会場での開催だけは反対である。

IOCの会長まで引っ張りだして、「決定した場所・条件は変えられない」と圧力をかけさせているが、オリンピック誘致運動を展開してる時点で、当時の誘致運動本部(東京都)が、都民、国民に嘘ばかり発表して盛り上げていたわけだから、その検証をしている小池都知事の姿勢は、全く持って正しい行為である。コロコロ、ふにゃふにゃが多くなった世の中であるが、小池都知事の男気に期待したい。


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