派遣社長、事件屋デビュー?
日栄やらヤミ金やら「肝臓売れ」ぼざいとって「売る」ゆうたら買えるんかい!へたれのガキの脅しや!
プロはな、コトッとも音立てずに稼ぐんじゃ!

 沖縄県には、地場産業の経済復興を助成するための「復帰特別処置法」という制度がある。この条例のため、いかなる大手企業といえども容易には進出することがままならない。

 ところが、日本屈指の名門企業で運送業界最大手=日本通運株式会社(港区東新橋1-9-3・岡部正彦社長)の懐刀として、沖縄エアカーゴサービス株式会社(沖縄県那覇市山下町3-16)に派遣されていた藤田博行社長(以下、藤田社長)が、恐るべき“ハイテクニック”を使ってこの法規制に風穴を開け、みごと沖縄進出をクリアした。

 この際使われた「金融ハイテクニック」に、日本中の金融知能犯・経済ヤクザ・事件屋達が、驚きと賞賛(?)の声をあげている。

 沖縄進出プロジェクトの詳細は以下の通りである。

 舞台となったのは「沖縄エアカーゴサービス株式会社(以下OAS航空)」。
 島内のほとんどが零細企業で占められる沖縄経済界の中では、年商43億円・社員218名を抱えるビッグカンパニーである。
 今年は、創立30周年の「北海道旅行や航空券など豪華賞品が当たる謝恩キャンペーン実施中」の大盤振る舞い会社なのである。現在は社名に「日通」が付き「沖縄日通エアカーゴサービス」となっている。

 平成9年
 創業者の我喜屋維昌氏が死去し、息子で当時「取締役総務部長」だった惇氏がこの優良企業の発行済株式の29.78%を「相続」した。この時点で我喜屋惇氏は個人の筆頭株主に踊り出て、次期重役の席をゆるぎないものにしたはずだった。ところが、こういった優良企業の「相続・お家騒動」は、プロの事件屋・乗っ取り屋達の間では、格好の噂のネタになる。

 この話も沖縄だけにとどまらず本土は九州・大阪から東京までにも広まった。しかし場所は沖縄である。

 名うての事件屋たちも「沖縄が相手じゃ…地元のおっかないところと…沖縄戦争なんて恐いし、俺らいいです」と、みな敬遠するばかりであった。
 そこに現れたのが日本屈指の名門企業「日通」だ。そこらの事件屋とは比較にならない、凄まじいばかりの資金力を誇る日通は、事を起こすまでの間、平成12年までは沈黙を守っていた(ここら辺が「相続」と同時に事件を張る、そこらの事件屋との「格」と「資金力」の違いだ)。

 平成12年2月
 筆頭株主である我喜屋惇氏(以下我喜屋氏とする)が、当時の専務・多良間氏(=現・社長)「知人」から3,000万円を「持ち株担保」で借り入れた。地元の優良企業の発行済株数の29.78%を、たった3,000万円の担保にしてしまったところに大きな謎は残る、がとにかく借り入れた。我喜屋氏としては、必ず返済の見込みがあるのだから全株を担保にしようが、車を担保にお金を借りるのと同じ気持ちだったのだろう。

 平成12年3月31日
 返済日はまだまだ先だ、とのんびりしていた我喜屋氏はこの日、日通からOAS航空に潜り込んでいた密偵・藤田社長が3,000万円の債権を買い取った事実を知らされることになる。
 一介のサラリーマン社長が「知人」から債権を買ったという。
 「知人」と言ったって我喜屋氏に3,000万円もポンと貸し、株を担保に取る知恵のある奴だから、そこらのマチ金よりはスケールのでかい奴なのだろう。そういう奴が3,000万円の債権を3,000万円以下で売るはずがない。3,000万円以下で売ったら、その知人の行為はボランティアになってしまう。
必然的に藤田社長は、3,000万円以上の金額(場合によっては数億円?)で買い取ったことになる。

 

 プロは静かにすべて奪う

そうや、そうや!あ、
乗っ取り後の社長の多良間です。

 以下は、我喜屋氏から直接聞いた話ではないので憶測にはなるが…。

 藤田社長「まいど!アンタに対する債権ね、ワシ、買い取らせてもらいましたわ」
 我喜屋氏「…はい?」
 藤田社長「金ぇ、返してんか」
 我喜屋氏「お、お金って!へ、返済日、まだじゃないですか?」
 藤田社長「それがあかんねや、この債権わしが買ったんやんか、ワシが出たからには、悪いけど、これ即金やねん」
 我喜屋氏「でも…」
 藤田社長「デモもクソもあるか!われ、会社の株、勝手に担保にしくさって、ワシらの看板に穴あける気ィか!」
 多良間氏「そや、そや!」
 我喜屋氏「……。」
 藤田社長「おのれ、なにブスったれてんねん。わしゃ出るとこ出て声たからかにウタうで!」
 多良間氏「そや、そや!」
 我喜屋氏「…(泣)…」
 藤田社長「大の男がピーピ泣くな。ほしたら今日のところは勘弁したるけど、これらの書類に気持ちよーくサインして、景気よう実印ポンポン押してくれ!ワシのホットマネーは8日後全額返済じゃ!耳そろえて払わんと、あんたの耳きりとるで!」
 我喜屋氏・号泣。

…のような形のやり取りがあったかどうかは知らないが、色々ハンコを突いてしまった。
(返済日もまだだというのに)借用書の他に念書、取締役会への欠席届、委任状、ついには退職届にも署名するハメになったのである(退職届って…そりゃあんまりだ)。

 ※ 前記のやり取りは、飽くまでも本紙編集部によるフィクションである。実際にはプロである藤田社長、多良間専務らはお金を儲けるのに怒声をあげたりはしないだろう。

 プロはあくまで紳士的だ。

 実際にはもっと腰低く、時には涙ながらに我喜屋氏を助けるようなスタンスで「スー」と音も立てず書類をいただいたのであろう。

 小口の取立屋のように怒鳴ってビジネスになるのはよくて20万から30万円の「お小遣い」。お金のある人間(例えばこの場合だと我喜屋氏)が、自分の築いてきたものをすべて獲られるとなったら、絶対に安っぽい脅しなどに屈するはずはない。
 「4億も価値ある株券、3,000万円程度で誰が手放すか!」とひらき直るはず。

 プロフェッショナルな藤田社長グループが3,000万円程度の債権で、最低4億円以上の資産を取りあげるのであるから、そこに藤田社長からの直接の脅しは無かったはずだ。
脅しただけでは4億円分もの資産を手に入れることはできない。もっと周到な絵図と大掛かりな仕掛けがあったはずだが、そこら辺のことは筆者はド素人なので藤田社長のプロのネゴシエーションテクニックなどは想像もつきません。脱帽モノです。日本に数人いるかいないかの超大物です。

 ところで、この日通の件とは関係ないことだが、こういう株担保・証券担保、大型の事件を仕掛ける事件屋・乗っ取り屋は、その多くが高学歴であったり財界名士とのつきあいが豊富で見た目も本当に穏やかだ。どうみても粗野なゴロツキには見えず、大手企業の優秀な営業マン?広報マン?としかみえないのが、この業界のスタンダードなのである。

 
 各方面からスカウトの声が!

 ここからが藤田社長らグループの凄腕さが伺える。

 31日の「金銭消費貸借契約」で、返済日として8日後すなわち4月8日を設定。8日に全額返済しなければ、株式は我喜屋氏から藤田社長のものになるという契約だ。
 しかし、未公開会社の株式を売買する際には、定款に定めのない限り、内容証明などで取締役会召集通知を全役員に郵送し召集しなければならない。

 こういった場合、よくある一般的な素人同士のケースは「もう金返さないんなら株は担保として俺がもらう!」とか言ってみても、「実際に取締役会をやらないと株式は譲渡できない」というのが、後からわかって、それから取締役会を開催しスッタモンダになったり、総会だ何だと画策しているうちに債務者がいなくなったり開き直ったりしてしまうのだ。

 ところが藤田社長は、31日に契約を結び、8日の返済日までの間に、どうやら他の役員に取締役会の召集通知を送って総会を開催し、株売買の許可をとりつけていた筈なのである。そうしないと担保自体が無効になってしまうのだ。

 この、短期間に金を貸し付け、総会までやって株を合法的に買えるようにし、会社を乗っ取れるスタンスをつくるという超高等金融テクニックには、今時のヤミ金業者も名うての事件屋もしり込みするばかりである。一体どんな絵を描いてどうやって関係者たちを踊らせたのだろう…?
 素人である筆者には知る由も無いが、ただ、極めてスピーディーで完璧なビジネスモデルである、ということは言える。

 10日以内に10倍以上の大儲け。

 平成15年
 素人には想像もつかない金融知能犯も真っ青の藤田社長の仕事ぶりに、日本中の事件屋グループからスカウトの声があがっているとか…。
 これだけの事を成し遂げた藤田社長が、なぜか任期半ばで退任し日通社員に戻ってしまっているからだ。もったいない!

 「なんでそれだけ高等ノウハウがあるのに日通ふぜいでくすぶってますねん。うちにきたら、もっと大暴れさせたる。年俸やったら日通の10倍だしてもかめへんで!」日本中の事件屋グループからの熱いエール。

 「藤田社長のそのノウハウを悪の金融知能犯バイブルとして出版しませんか?組筋だけで10万部は売れるベストセラーになりますよ」とブラックジャーナリズムからの熱い勧誘。しかし、それらの声は藤田社長にはまだ届かない。
(つづく)

 
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