(敬天新聞令和7年7月号 1面)
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| 米国第一主義? |
ドナルド・トランプという人物は、今やアメリカ史において特異な存在として刻まれることになるだろう。テレビ番組司会、映画出演、実業家で億万長者、自己愛とビジネス優先主義を体現したようなこの男が、一国どころか世界に多大な影響を与える「アメリカ合衆国大統領」の座に就いたことで、我々は政治と経済の境界が、いかに脆く曖昧なものかを目の当たりにすることとなった。
トランプ大統領は、国家運営をも自己の金儲けの手段と捉え、すべての政策判断に金銭的価値を持ち込んだ。その姿勢はあからさまで、貿易や外交、防衛に至るまで、自身や一族にとっての「損得」で決まることが常だった。国際機関からの脱退、難民や移民への冷遇、学術機関への助成金打ち切りなど、すべてが「アメリカ・ファースト」を装った「トランプ・ファースト」に過ぎなかった。
南アフリカのラマポーザ大統領との会談では真偽不明の映像を突きつけ、白人が虐殺されている等と一方的に相手国を断罪した。その振る舞いは、大統領としての品位を欠くどころか、国際社会におけるリーダーとして基本的な礼節さえも放棄した証だった。しかもそれらの発言が、特定の企業や自身に近い者たちへの利益誘導と重なるとき、もはや政治家ではなく、単なる「商人」にしか見えないのである。
一期目の初期には、歯に衣着せぬ物言いや、素早い行動力に好感を持った人もいただろう。しかしその裏には、すべての判断を金に換算する冷徹なビジネスマンの顔が隠れていたのである。
安倍元総理と蜜月関係に見えたのも、アジアでの訪問などで経験豊富な安倍元総理をアテンダーとして頼りにしていただけかもしれない。
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| 強い自己顕示欲 |
トランプ大統領の問題は、彼個人の人格や振る舞いにとどまらない。アメリカという大国が、一人の人間の金銭的欲望と自己顕示欲によって大きく揺さぶられてしまうという構造そのものが問題なのである。これは単なる「変わった大統領」が生まれたという話ではない。世界の秩序と信頼を担うべきアメリカの制度的脆弱性が露呈したという、極めて深刻な警鐘なのである。
国の内外における混乱は、トランプ大統領だけのせいではない。彼を支持し続ける層が一定数存在し、彼の言動に喝采を送り続けるメディアや支持基盤がある限り、あのようなリーダー像はまた現れるだろう。政治的な信念よりも「強さ」や「儲け」に魅了された人々が、同じ轍を踏む可能性は決して低くない。
ロシア・中国・北朝鮮といった強権国家と対抗するために「強いアメリカ」が必要だとする声もあるが、それは決して「自分の一族のビジネスだけを守るアメリカ」であってはならない。真に世界をリードできる国家は、富を分け合い、弱者に手を差し伸べ、対話によって秩序を築こうとする品格ある国家であるべきだ。
兵庫県の斎藤元彦知事のように、自らの誤りを一切認めず、謝罪も説明もせず、冷徹な鋼のメンタルだけで周囲を押さえ込もうとする政治姿勢は、一見すると強いリーダーに見えても、実態は対話を拒絶し、都合のいい情報だけを信じ、周囲の声に耳を塞ぐ孤独な支配者に過ぎない。
政治とは、本来は利害調整であり、対話と信頼によって築くものである。しかし、それが個人の権力や金儲けの手段に堕してしまったとき、社会の分断は避けられない。そしてその先にあるのは、民主主義の形骸化であり、社会秩序の崩壊である。
政策に反対する国内のデモ対応に、地元州知事の承認を得ずして米軍の海兵隊を投入した。自分の79歳の誕生日には、約65億円もの公費を使って首都ワシントンで大規模な軍事パレードを開催し、忠臣から祝福を受けた。まるでロシアや中国、北朝鮮といった権威主義国の指導者の振る舞いである。
「トランプ大統領」の教訓は、アメリカだけの問題ではない。日本国民が今後、どのようなリーダーを選び、どのような価値観に国家の未来を託すのか、その判断が問われているのではないだろうか。
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