敬天新聞 令和8年2月号 社主の独り言(中辛)

(敬天新聞 令和8年2月号 4面)



▼この歳になって初めて、五体満足の有難さを感じるようになった。若い時は五体満足の有難さに感謝する心が欠けていたと思う。要するに健康は只で当たり前と思っていたのである。

健康に産んでくれた親に、もっともっと感謝すべきであったろう。残りの人生が少なくなって初めて、親の有難さにも気づいた次第である。健康な体で生まれて来ると、身体障害者の辛さ、不便さ、悲しさが理解できないからね。

高齢者になると健常者であっても、色んな障害が出て来る。目が見えない、耳が聴こえない、歯が無くなる等。それに、毎年毎年体が墓場に近づいてくる。最近は足腰まで弱くなって、直ぐ転び易くもなった。幸い筆者は寒がりなので、厚着する。そのお陰で着てる物がクッションになって、転んだ時でもケガをしないのだ。

都会人は寒さ厚さよりも、ファッションを重視する。若いうちはファッションを重視するのも理解できないでもない。

しかし爺婆になって、何がファッションだ! 風邪ひいてハックションが似合う歳になってまでファッションの心配なんかしなくていい。歳を取ってファッションが似合うのは、草笛光子さん(92歳)か黒柳徹子さん(92歳)ぐらいである。

家に居る時は丹前か綿入れで十分である。近所に弁当買いに行く時もチャンチャンコでОK。若作りしても何のメリットもないよ。ま〜、若作りが趣味だという人は、満足するまでやればいい。

それと、何十年ぶりの同窓会とかに出席する時は、精いっぱい「装いき」(よそいき)を着て行く気持ちはわかるよね。昔は「一張羅」(いっちょうら)を着たり、兄や姉の御下がりを着て、何処にでも出席したものだ。よく見たら、あっちこっち虫が食ったりして、恥ずかしい思いをしたものである。

今はもう服も安く買えるし、物も豊富になったので、若い人は古くなったら直ぐに捨てるそうだが、我々世代は何でも捨てる事が出来なくて、部屋の中には古着が山のように置いてある。

そろそろ終活も必要なのかね〜。



▼「最大の障害はゼレンスキー大統領だ」とトランプ大統領が言ったらしい。それは違うだろう。ロシアが突然侵略を始め、戦争を仕掛けた国ではないか。本来なら終了するにあたって、先ずはロシアが謝罪するか、賠償金を払うべきような事案である。

ところが世界一強と勘違いする程のアメリカトランプ大統領の横暴的とも言えるような強権発動に、世界中が振り回されているのである。余りに介入し過ぎである。

その介入する基準であるが、世界中の意見を聴いてからではなく、あくまでもアメリカに如何に有利になるかだけである。ここまでは多くの人も一応は納得できよう。問題はその先で、戦後処理も含めてトランプ企業が一枚噛んでいる。

弱小国の内乱にまで介入し、原油の利権や開発、戦後処理の再開発など、自分が戦争を引き起こして、その戦後ビジネスをトランプ企業で請け負うスタイルの解決方法である。

このくらいの強い姿勢で臨まないと平和は戻って来ないのかもしれないが、余りに露骨に隅々まで見える強引な平和が、果たして永く続くのだろうか? 

最近では、気に入らない質問をした女性記者に対して中指を立てて指差し侮辱したとも言うし、大統領らしからぬ一面も多くなった。戦時国家の大統領としてわからなくもないが、世界一の豊かな国家として長く世界中に貢献して来た国際機関の役目の全てを脱退したのは、明らかに遣り過ぎだろう。

国際機関と言うのは、経済大国というのだけが象徴ではない。優しさや協調や施しや助け合いも必要なのである。そういう意味でアメリカは長く、世界中のリーダーとして認められてきた国である。

トランプ大統領の考えは、「国際機関に寄贈してきた金額に比較して、世界中からのアメリカに対する感謝や尊厳の気持ちが足りない」という態度を世界に示したという事だろう。

言わんとすることは分かるが、世界一の最強国である。弱小国などを支援することは、義務の範囲であろう。

ついこないだまで一部の地域を除いて紛争地は限られていたが、二期目のトランプ政権になってから、極端に紛争地帯が増えた感じである。日本も国防には力を入れるべきである。



▼最近よく思うことだが、人生は二度結婚した方が豊かに暮らせるかもしれないと思うようになった。あくまで個人的見解で、尚且つ自分中心的に考えた場合である。

子供を産むという社会的責任を考えれば否定される可能性は高いだろうが、あくまでも自己中で考えた場合であるから、一般的には否定されるだろうがね。

今は長生き時代になったし、老人の恋や老人の再婚も普通になったから、二度目の人生を生きるにあたって、一度目の失敗を参考にしたり、或いは時間をかけて、ゆっくり選ぶこともできるのだ。ただ相手も同じ考えを持っているので、じっくり時間をかけて選ぶべきで、未来が無い分、二度目の失敗は許されないのである。

中には二度も三度も失敗して、人生を終わる人も居るが、歳を取ってからの離婚は労力も体力も金銭力も苦渋が付き纏う。だから結婚しない仲の良い爺婆の関係で居た方が楽である。

家族に全くの迷惑が掛からない個人だったら一緒になった方がいい場合もあるが、相手に身内とか居た場合、亡くなった時の相続関係で必ず揉めたりするから、仲のいい内に名義関係は整えて置くべきである。

昔は全家族で一緒に住んで居たし、その家の長老の一言で、全てが解決していたけど、今は親子関係と言えども一人ひとりに人権があるから、主張が異なれば中々、結論が出ない上に、裁判沙汰にまで発展する可能性が高い。

一緒に住んでる、もしくは付き合って一番仲のいい時に、書類で貰える物は貰っておくことが大事であろう。うまく行ってる時は、そんなことも考えないからね〜。この関係がずっと続くと信じているしね。

人生七転び八起きだよ。頑張れ、悩む中年、老年よ。



宣伝:安藤昇外伝『殉心』 白倉康夫(敬天新聞 社主 )

著者-向谷匡史 出版-青志社 税込価格3520円



敬天ブログ敬天新聞トップページ敬天千里眼社主の独り言