(敬天新聞 令和8年3月号2面)
長崎県知事選挙で勝利した平田 研 氏
| 疑惑の顛末 |
高市内閣の支持率が高まりを見せる中、国民の関心事が衆議院選挙の投開票で沸き立つ2月8日、長崎県では任期満了に伴う知事選の投開票が行われていた。
長崎県知事選に立候補していたのは、現職(一期)の大石賢吾氏のほか、元副知事の平田研氏、共産党長崎県委員会常任委員の筒井涼介氏で、結果は大石氏との接戦を制した平田研氏が初当選を決めた。
自民県連が平田氏を推薦する一方、自民党の支持団体である県医師連盟や県建設業協会が大石氏を支援する保守分裂の激しい争いとなった。自民党本部では、双方の推薦を見送り、自主投票に委ねたようである。
平田氏は国土交通省出身で、長崎県副知事や同省の局長、復興庁統括官などを務めてきた。行政経験やネットワークを強みに、西九州新幹線延伸の実現や経済安全保障関連産業の強化などを訴えていた。
平田氏は知名度に欠けていたかもしれないが、経歴や誠実さが際立った印象だ。と言うのも、現職だった大石氏の一期目が、終始疑惑が付きまとう話題に満ちていたから尚更である。
これまで、長崎県で不正追及に定評のあるJCネット(遠山金四郎氏)や弊紙は、大石氏が知事に初当選した2022年2月の知事選をめぐり、大石陣営がコンサルタントに電話料金として支払った約400万円は「選挙運動の報酬」だとして、公職選挙法違反の疑いがあることを追及してきた。この問題は、元長崎地検次席検事の郷原信郎弁護士と神戸学院大法学部の上脇博之教授が刑事告発していたが、検察は2024年10月に「嫌疑不十分」で不起訴処分としている。
それとは別に郷原信郎弁護士と上脇博之教授は、大石氏の後援会の収支報告書と、選挙運動費用収支報告書において、2千万円が「架空貸し付け」されている疑いがあるとして、刑事告発していたのである。
しかし昨年9月、長崎地検は大石氏や後援会関係者らを嫌疑不十分で不起訴処分にした。これを不服として、告発者の郷原・上脇両名が、長崎検察審査会に審査申し立てをしたのである。だが昨年12月、長崎検察審査会は「不起訴処分の裁定を覆すに足りる証拠がない」として「不起訴相当」と結論付けている。
大石氏は2千万円返済金の一部として約655万円を受け取っていたが、問題を指摘され昨年7月に全額返還している。こうした一連の騒動で、大石氏は長崎県民が抱いている不信感を最後まで拭いきれず、選挙結果に影響したのは間違いないだろう。
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| 疑惑について検察は「不起訴相当」と結論付けている | YouTubeで疑惑を追及する郷原弁護士と上脇教授 |
| 触れ合う利点 |
大石氏は、金子源二郎元知事(経歴=衆・参・農水相)や息子の金子容三衆議院議員などが推薦していたようである。谷川弥一元衆議院議員も応援していたようだが、特捜部から政治資金規正法違反の罪で略式起訴されたことを受けての議員辞職だったので、表立っての支援活動は出来なかったようである。
それにしても思っていた以上に結果が僅差である。何と二人とも28万票まで同じで、6788票差だったのである。それだけ良い戦いだったという事である。圧勝であれば、ついつい慢心に乱され、己の心に勘違いが出るので、新知事の平田氏には教訓になる勝利であったろう。
選挙戦の最中、筆者は偶然にも平田陣営の選挙カーと遭遇した。
筆者が泊まっていた故郷のホテル「真砂」に平田氏が地元の応援団の一団を引き連れて挨拶に来たのである。筆者も思わず手を出して握手した。候補者から握手を求められるのは嬉しいものである。
今まで選挙に出る者が、街頭で通行人に挨拶したり握手したりするのが、どれだけの効果があるのだろうと思っていたが、実際に立候補者から握手を求められるのは嬉しいものである。
勿論、政策や実績、能力、履歴、人間性などで評価されるものであろうが、やはり知らない人に一票を入れるわけだから、瞬間でも触れ合う事は大きな点数になることを理解した次第。平田氏の母上は南島原市の有家町出身だそうである。筆者は隣りの南有馬町出身なので、身近な処から偉い人が出ると嬉しいものである。
自民分裂の激戦を物語る開票結果
| 地元ファースト |
選挙結果を伝える新聞に詳しく、何処の市町村で何票が誰に入ったとかまで書いてあった。平田氏に一番票が入ったのは長崎市だったようだ。人口の多さから当然である。第二位は意外にも南島原市だった。長崎県で一番出遅れている市としては、これからの平田県政が楽しみな4年間になろう。やはり県知事になるような人は、国と強いパイプのある人がなった方が地元民としては幸せである。
長崎県の中で長崎空港に一番遠く、長崎県庁に一番遠い南島原市はインフラでも一番遅れている。元知事の金子原二郎氏は自分が知事時代に自分の故郷がある島まで車で行けるように、二つの島を経由して、三本の大橋を作って繋いだと言われている。地元島民だけが便利になっただけと当時は批判されたものである。
政治と言うのは、大いにそのような部分はある。そういう行為をしないより、した方が地元も県も潤うのである。要は優先順位に選ばれるか否かの差である。その権限を知事が持つわけだから、先ずは南島原市がいいポジションに着いたという事である。めでたし、めでたし。
先月号に続き、またまた筆者の郷愁の念から、老婆心で書いて見ました。
大石県政は僅か1期(4年)で幕を閉じた