敬天新聞 令和8年3月号 社主の独り言(中辛)

(敬天新聞 令和8年3月号 4面)



▼今の日本で北朝鮮と戦争になった場合、本気で負けると思ってる国民は1割も居ないんじゃないだろうか?

国民の本気度や真剣度では、北朝鮮の方が士気は断然上だろうが、実践になったら、技術力、戦力で相当日本の自衛隊の方が上と思ってる人が多いんじゃないかな〜。

北朝鮮の場合、十年前ぐらいまでは、上位下達の制度が成り立っていた感じだったが、今はインターネットが進んでいるので、若者は世界の状勢を隠れて見ていると言われている。

そういう若者を見つけたら、年齢に関係なく、広場で聴衆の面前で、さらし者にした後、公開処刑にするらしい。50年前の話しではなく、今でもと言うから驚きである。イラン・イラクのような中東の国では「女性の不倫」などの罪で、広場で絞首刑にするという慣習は今でも残っているとは、よく聴く話ではあるが。

韓国と北朝鮮では、やる気度では北朝鮮に軍配が上がりそうだが、技術力では断然韓国軍の方が上だろう。

それに、北朝鮮のトップの私生活が最近は国民にも見えるようになり、いつか体制が崩れるような日も来るだろう。

翻って日本の場合、防衛は自衛隊の仕事とばかり、国民の危機意識は弱い。防衛に関しては国民がもっと関心を持ち、国を守る意識を強めるべきである。今回高市政権が総選挙で圧勝したのは、国民のそういう表れではないのか。

勘違いしてはいけないのは、防衛力を強めることが戦争への道に繋がって行くというものではない。例えて言えば、「家の守りを厳しくすれば泥棒を誘う事になる」と言うように聴こえるが、「守りを強くすれば泥棒は入りにくくなる」だけである。誰かに迷惑をかける訳だけでなく、泥棒が入って来にくくなるだけである。

泥棒は犯罪者、他人の物を黙って盗む卑怯者。その卑怯者は隙があれば勝手に侵入してきて盗みを働く世界最古の犯罪であり、世界で最も多い犯罪でもある。 ただ警備を厳しくしていれば、隙さえ見せなければ、防げる犯罪でもある。泥棒に隙を与えないためにも、国を挙げて防衛に力を入れ、国民も意識して防衛の努力を果たそう。



▼やはりNHKの大河ドラマは合戦物が楽しい。前回の大河は商売物だったので、商売をしてる者には参考になることも多かったかもしれないが、一般人にはあまり意味がわからなかった。

それに家族で見るには女性の裸が多すぎて、目のやり場に困った親も多かったろう。今一番の人気者を主役に起用したのは良かったが、家族時間帯向きドラマではなかった。

有名な作品は過去に何回もやっているから、制作側の難しさも理解は出来る。定番の忠臣蔵や清水の次郎長や水戸黄門などは何回やっても国民に受ける番組である。

それでも高齢者が中心の視聴者だから、中高年や若者を取り込みたい局側としては、何とか新しい番組に挑戦したいのだろう。

だけど現実問題として、テレビと一番の友達は「高齢者である」という現実もある。しかも地方によってはNHKともう一局しか映らない現実もある。

地方での高齢者は、テレビのチャンネルを変えることができない人も多い。テレビのスイッチを点ける、消すだけを繰り返す人が多いのである。

民間放送の若者が騒ぐだけの番組には、五月蝿いだけで理解もできないので、NHKの一択と決めてる高齢者は多いのである。NHKはそこをしっかり認識して、民間放送局とは一線を画して放送することを意識して欲しい。

高齢者は何処に居ても、何処に行っても、お荷物扱いされるので、テレビが唯一の友達である。お茶を飲み、お菓子を食べながら、テレビの出演者に対して話かける事が唯一の楽しみである。

今の時代は、公共放送の使命には「老人の癒しや楽しみが十分に含まれていなければならない」ことも理解してほしい。

今はネット時代だから、書いては削除が簡単に出来る時代ではあるが、やはり書籍記事と言うのは、ネット記事にない重みがある。一度出してしまえば永久に残るものである。筆者が古い人間だから、そう思い込んでるだけかもしれない。

あの天気のいい日の夜に見える月に、地球から旅行に行ける日が来るらしいけど、信じられないね。もし行ける日が来たら、ウサギが餅をついてる光景に出会えるかな〜。



▼もう三月である。老人は相変わらず月日が経つのが早い。こないだ梅の花が咲いたばかりだったのに、もう桜が咲き始めている。

桜が一番似合うのは小学校一年生である。爺婆には花は似合わない。一応、花を持って行くと相手が喜ぶので、花を届けはするが、花が似合うのは一握りの人である。やはり似合うのは花芝と香典である。

現に花をあげるより、袋に入れた現金の方が喜ぶ人が多い。そりゃそうだ、子供だって現金の方が喜ぶもんな〜。花は部屋に飾るだけだが、現金を貰えば好きな物が買えるし、婆さん同士でお茶飲む時の茶菓子だって買えるし、可愛い孫に小遣いもあげられる(中には可愛くない孫もいるが)。

婆さんのお茶飲み会に爺はいらない。爺が来たら、何故か裏切者の婆さんが居て、一人だけ厚化粧をしてくる婆さんが居るのだ。頭の上の方は剥げてるくせに。

爺さんも婆さんも、恋愛をしたい気持ちはあるが、思うように体も動かない。目も耳も不自由になるし、自由になるお金もない。歳を取ると無い無い尽くしの生活者が殆どである。

近所の公園に散歩に出れば、似たような環境の爺婆に出会う事もあるが、友達になればなったで面倒くさいし、やっかいなのである。

知り合いの78歳マコ、82歳ミコのコンビは、狭い風呂にミコが前でマコが後ろに縦列で入り、ミコが後ろに手を伸ばして来るのが日課の楽しみだったらしいが、最近は高齢者特有の体に異変が生じ、入浴さえやっとの状況で、そこまでの余裕が無くなってきたらしい。

それに、体のあちこちに病魔が忍び込んで来たマコは、昔のように新橋の「肉の万世」にも顔を出さなくなった。入り口から一番奥の真上にカメラのある席が、彼がお気に入りの定席である。

筆者も昔は毎日顔を出してる場所であったが、最近は顔を出す機会も少なくなった。筆者もいつまで新橋街宣が出来るか分からないが、自分の足でトラックの上まで昇れる間は続けようと決めている。



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