(敬天新聞令和8年4月号 1面)
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| 傲慢な言動が目に余るトランプ大統領 |
| 力の論理 |
国際社会はいま、「力の論理」が露骨に現れる時代に入ったのではないか。強い国が弱い国に服従を迫り、資源や利益を要求する構図が、あちこちで表面化している。
ロシアによるウクライナ侵攻は、その象徴的な出来事であった。ロシアは「特別軍事作戦」と称して戦争を開始した。当初、ウクライナのゼレンスキー大統領は喜劇俳優出身の指導者として軽く見られていたが、その後の抵抗と外交努力によって、多くの国々がウクライナを支持するようになった。侵略という行為は、いかなる理屈を並べても正当化されるものではない。
しかし、歴史を遡れば、どの国にも領土や支配の歴史は存在する。もしそれを現在の強国の都合で解釈し直すならば、世界の小国はすべて消滅してしまうだろう。中国が台湾に対して示している姿勢も、そうした歴史解釈の一つと言えなくもない。
こうした状況の中で、国際秩序はますます不安定化している。経済力だけを頼りにしていても、国家は守れない。例えれば、どれほど大きな豚や牛でも、角や牙がなければ捕食されるだけである。小さな蟻や蜂でさえ、集団で自らを守る術を持っている。国家もまた、自らを守る力を持たなければならないという現実がある。
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| トランプ大統領は在日米軍を派遣することも躊躇せず |
| 揺らぐ秩序 |
近年、世界秩序をさらに揺るがしている存在として、アメリカのトランプ大統領の行動が挙げられる。
アメリカは長く国際秩序の中心に立ち、国際機関や同盟関係を通じて世界の安定に関わってきた。しかし、トランプ政権はそうした国際機関から距離を取り、独自の力の政治を前面に押し出している。関税を武器に各国から資金を引き出そうとした政策は、アメリカ国内の司法判断によって違法とされる事態にもなった。
さらに中東への軍事行動や、各国に対する強硬な外交姿勢は、国際社会に大きな衝撃を与えている。イランとの緊張関係もその一例であり、宗教的な歴史を背負う地域で力による圧力を続ければ、恨みは世代を超えて残るとも言われている。
力で勝てるとしてもそれが長期的な安定を生むとは限らない。むしろ世界中に新たな対立の種をまく可能性がある。大国には、勝つことだけでなく「どう終わらせるか」という責任もあるはずだ。
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| 3月19日(現地時間)日米首脳会談が行われた |
| 日本の岐路 |
こうした国際情勢の中で、日本の立場もまた難しいものになっている。
戦後日本は、日米安全保障体制のもとで安全保障をアメリカに依存し、その間に経済発展を遂げてきた。結果として、日本は世界有数の経済大国となった。しかし、その構図は今も続いている。
仮にアメリカが世界で対立を深めれば、日本は最初に負担を求められる国になる可能性が高い。資金面、軍事面、あるいは装備購入など、さまざまな形で支援を求められるだろう。
実際、中東情勢の緊張が高まる中、日本の高市首相が訪米し、トランプ大統領と会談を行うことに成り、アメリカ側がイラン問題への協力を求める可能性が懸念された。
しかし、日本が戦争に参加することは現実的ではない。問題はその代わりに、どのような形で負担を求められるかである。
一方、ヨーロッパ諸国の対応は対照的だ。例えばスペインは、イラン攻撃に関連する基地利用の要請を拒否したと伝えられている。欧州諸国は国境防衛の経験から、自国の利益に反する要求には毅然と対応する伝統を持つ。
日本もまた、戦後八十年の歴史の中で多くを学んできたはずだ。国際社会で主体的に判断する力が求められている。
さらに懸念されるのは、中東情勢の悪化によるエネルギー問題である。イランがホルムズ海峡を封鎖するような事態になり、世界の石油輸送は大きな打撃を受けている。日本にとっても重大な問題だ。
ただし、日本には国家備蓄や民間備蓄を合わせ、一定期間の余裕があるとされる。その間に外交的な解決を模索できる可能性はある。いずれにしても、世界は今、力による政治と不安定な秩序の時代に入りつつある。
大国の思惑がぶつかる中で、日本はただ流されるのではなく、自国の利益と責任を見極めながら行動する必要があるだろう。そんな内憂外患こもごも到る3月19日、高市首相が遂に訪米し、日米首脳会談に臨んだ。高市首相は、トランプ大統領の機嫌を損ねぬよう持ち上げつつ、日本の立場、国益に適う意見を伝えた様だ。お互いに核心に触れず、高市首相にとっては「難」を乗り切った会談に成ったようである。あくまでも取り敢えずに過ぎないことは言うまでも無いが。